プログラムノート

第79回 2021年9月5日(日)『ロマン派』

【ロマン派時代にタイムトラベル!】

 今年のこども定期演奏会ではオーケストラがタイムマシーンになって、みなさんを音楽の歴史旅行に連れていってくれます。今日訪れるのは、「ロマン派」と呼ばれる時代です。夢見るようなステキな時間を過ごすとき、現代のわたしたちも「ロマンチックだね」なんて言いますね。今から200年ほど前、19世紀のヨーロッパでは、作曲家たちが想像力をたっぷりと膨らませて感受性を磨き上げ、憧れや情熱や悲しみなどを音楽で表現するようになりました。物語や詩などからも刺激をもらい、ドラマティックな音楽を作り出したのです。今日はそうしたロマン派の作品をたっぷり聴いてもらいます。

「こども定期演奏会 2021」テーマ曲
石井かのん:『まぼろし』

石井かのんさん(中学1年生)からのコメント

 私は以前こども奏者としてこども定期演奏会に出演させていただきました。サントリーホールという大舞台で演奏できる喜び。オーケストラの迫力ある音。一生忘れることのできない素晴らしい思い出です。
 この曲は昨年のこども定期の帰りに思いついたメロディーから作りました。dolceの優しい旋律から始まり、ときに激しくときに弾むように「まぼろし」の中を旅するようなイメージです。
 音は私たちを、そこでしか味わえない世界の中に引き込む力を持っています。この曲によって、皆さんを音楽の夢の世界にお招きできたら嬉しいです。

メンデルスゾーン:
付随音楽『真夏の夜の夢』作品61 より 第9曲「結婚行進曲」

 トランペットの「パパパパーン パパパパーン」という華やかな響きで始まる、とても有名な「結婚行進曲」です。お祝いの場面にふさわしい豪華で明るい音楽なので、実際の結婚式でも使われてきました。またドラマやニュースの結婚式の場面でもよく聞かれます。
 作曲したのはドイツの作曲家フェリックス・メンデルスゾーン(1809~47)です。お金持ちの家庭に生まれ、才能に恵まれ、その上美少年だったというメンデルスゾーンは、少年時代からさまざまな外国語や文学を学び、10代のころから自分でオペラ(歌による劇)も作っていました。
 イギリスの劇作家シェイクスピアの作った演劇『真夏の夜の夢』の脚本を読んで感動し、それを最初に音楽にしたのは、彼がまだ17歳のときでした(『真夏の夜の夢』序曲という作品です)。それから17年後、プロイセンという国の王様がその曲を聴いて感動し、メンデルスゾーンに劇全体の音楽を作ってほしいと頼みました。34歳になったメンデルスゾーンは、全部で12曲を作りました。その9番目の曲がこの「結婚行進曲」です。

グリーグ:
組曲『ペール・ギュント』第1番 作品46 より 
第1曲「朝」、第4曲「山の魔王の宮殿にて」

 次の曲も劇のために作られた音楽です。今度はノルウェー生まれの劇作家イプセンが作った『ペール・ギュント』という劇です。自由気ままに生きる主人公ペール・ギュントの物語に、やはりノルウェーで活躍した作曲家エドヴァルト・グリーグ(1843~1907)が、30曲近くもの音楽を作りました。のちに、その中から8曲を選び、コンサートでも演奏できるように2つの組曲にまとめました。
 今日は第1組曲から、情景が鮮やかに目に浮かぶような2つの作品を聴いてもらいます。まずは主人公ペール・ギュントが、北アフリカの砂漠の地で朝日を眺めているシーンの音楽「朝」です。爽やかで美しい調べに耳を澄ませてください。続く第4曲の「山の魔王の宮殿にて」はうってかわって、不気味な音楽です。ペールはある娘と出会って結婚しようとしますが、実は彼女は魔王の娘だったのです。魔王の宮殿でペールは大勢のトロルに取り囲まれ、殺されそうになってしまいます。不気味な音楽はゆっくりと始まり、次第にテンポを速め、熱狂的に高まっていきます。今日は2曲とも、小山実稚恵さんとこどもピアニストたちの共演によるスペシャルバージョンで演奏されます。

ショパン:
ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 作品11 より 第1楽章

 みなさんはピアノという楽器は好きですか? 学校の音楽室にもあるでしょうし、お稽古ごとで習っている人も多いかもしれませんね。19世紀のロマン派の時代は、わたしたちにもなじみ深いピアノのための作品がたくさん生まれた時代です。なかでも、ポーランドに生まれフランスのパリで活躍したフレデリック・ショパン(1810~49)は「ピアノの詩人」と呼ばれるほど、美しくロマンティックなピアノ曲をたくさん残しました。39年の生涯でショパンが残した作品のほとんどはピアノのためのもので、踊りの音楽をもとにした「ワルツ」や「ポロネーズ」、壮大な物語を感じさせる「バラード」や「スケルツォ」などがよく知られています。
 ピアノ協奏曲とは、ピアノ独奏とオーケストラによって演奏される規模の大きな作品です。ショパンは生涯に2つの協奏曲を残していますが、いずれもショパンが20歳のころに作られ、故郷ワルシャワで発表されました。
 第1番は全部で3つの楽章で成り立っていますが、今日演奏される第1楽章が全体の半分の長さを占めています。堂々とした序奏で幕を開け、しばらくはオーケストラだけで演奏が続きます。印象深いメロディー(主題)が示されたあと、ようやくピアノ独奏が登場します。冒頭でオーケストラが奏でた序奏を、今度はピアノが提示し、主題をピアノとオーケストラとで奏でていきます。

チャイコフスキー:
交響曲第4番 ヘ短調 作品36 より 第4楽章

 おしまいは、ロシアの作曲家ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840~93)の交響曲です。チャイコフスキーは番号のついた交響曲を6つ残していますが、第4番は、彼が37歳の時に完成しました。このころ、チャイコフスキーは二人の女性に出会っています。一人は、9歳年下の女性ミリュコーヴァです。彼女はある日、作曲家として有名になりつつあったチャイコフスキーに熱烈なラブレターを送ってきました。ミリュコーヴァの強引な求めに逆らえず、チャイコフスキーは彼女と結婚しました。しかし彼女とは気持ちを通い合わせることができず、2ヶ月と経たないうちに離婚してしまいました。身も心もくたくたになったチャイコフスキーを支えてくれたのは、9歳年上のメック夫人という女性でした。彼女はチャイコフスキーの音楽を心から愛し、お金を送って生活を助けました。また二人は音楽や自然や人生にまつわる手紙を交換しあい、美しい友情を育んだのです。でも、実際に会うことはしないでおきましょうという、かたい約束を交わしていました。
 この交響曲第4番は、1877年の終わりに、チャイコフスキーが気持ちをリフレッシュしようと訪れたイタリアで作曲が進められました。彼はこの作品を「私たちの交響曲」としてメック夫人に捧げています。今日演奏される第4楽章は、オーケストラ全体によるジャーン!という強い一打から、すぐに目まぐるしく素早いメロディーが続きます。それに続いてロシア民謡「野に立つ樺の木」のメロディーが現れ、さらに力強い3つ目の主題も登場します。とても華やかで、交響曲を締めくくるにふさわしい楽章です。

コラム
音楽が聴かれる場所
その2 ~サロン

 長い歴史の中で、クラシック音楽はさまざまな場所で奏でられてきました。前回はバロック時代や古典派の音楽が、教会やお城で演奏されてきたというお話をしましたが、ロマン派の音楽家たちの音楽は、「サロン」と呼ばれる場所でも聞かれるようになりました。今日のコンサートに登場するショパンや、同じ時代を生きたフランツ・リスト(1811~86)のような19世紀のすぐれたピアニストたち(当時はピアニストというと、作曲も演奏も両方できました)は、サロンでその腕前や自分の作品を披露したのです。
 サロンとは、日本語にすると「客間」とか「大広間」などと訳されます。家にお客さまを招いて、ゆっくりお茶を飲みながら、お話しする広いお部屋をイメージするとよいかもしれません。広いといっても、天井の高い教会や、立派なお城の空間よりは、小さめのスペースです。でもそこには、美しい響きを奏でる素敵なピアノがあります。サロンの持ち主、つまりそのお家の人(とくに上流社会の婦人たち)が、知人や友人をお招きして、自慢のピアノを囲んだ小さな演奏会を企画します。お客さまは、画家や小説家など、さまざまな芸術家たち。みんなで集い、芸術について語り合いながら、音楽家の演奏を楽しむのです。とくに19世紀のパリでは、そうしたサロン文化が盛んとなり、サロンの夜会から素晴らしい名曲が生み出されていたのです。
 サロンにさっそうと現れるのが、ショパンやリストといった、売れっ子のピアニストたちです。素敵な馬車にのってやってくる、ほっそりとしたショパンは、けっして乱暴な音では弾きません。すぐそばに座る客人たちのために、繊細で優美な音色を奏でたのです。若き日のリストは、サラサラヘアーを振り乱しながら情熱的に演奏しました。イケメンのリストが目の前で演奏するのですから、女性たちはクラクラしたことでしょう。彼らはときに即興演奏なども行って人々を楽しませていました。お客さんと芸術家の距離が近かったサロン、とても贅沢な空間ですね。

(文 飯田有抄)