プログラムノート

第78回 2021年7月4日(日)『バロック・古典』

ヘンデル:組曲『水上の音楽』第2番 ニ長調 HWV 349 より 第2曲「アラ・ホーンパイプ」
ヘンデル:オペラ『セルセ』HWV 40 より「オンブラ・マイ・フ」
J. S. バッハ:コーヒー・カンタータ『そっと黙って、おしゃべりめさるな』 BWV 211 より 第4曲 アリア「ああ、コーヒーのおいしいこと」
ハイドン:交響曲第90番 ハ長調 Hob. I:90 より 第4楽章
モーツァルト:オペラ『フィガロの結婚』K. 492 より 「さあ、ひざまずいて」
アンゲラー:『おもちゃの交響曲』より 第1楽章
ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 作品92 より 第4楽章

「こども定期演奏会 2021」テーマ曲

石井かのん:『まぼろし』
『まぼろし』
石井かのんさん(中学1年生)からのコメント
私は以前こども奏者としてこども定期演奏会に出演させていただきました。サントリーホールという大舞台で演奏できる喜び。オーケストラの迫力ある音。一生忘れることのできない素晴らしい思い出です。
この曲は昨年のこども定期の帰りに思いついたメロディーから作りました。dolceの優しい旋律から始まり、ときに激しくときに弾むように「まぼろし」の中を旅するようなイメージです。
音は私たちを、そこでしか味わえない世界の中に引き込む力を持っています。この曲によって、皆さんを音楽の夢の世界にお招きできたら嬉しいです。

飯田有抄(クラシック音楽ファシリテーター)

ヘンデル:
組曲『水上の音楽』第2番 ニ長調 HWV 349 より
第2曲「アラ・ホーンパイプ」

 組曲『水上の音楽』は、その名のとおり、イギリスの国王ジョージ1世が、川で船遊びを楽しむときに演奏された音楽で、ヘンデルの代表的な管弦楽作品です。川遊びのBGMで、音楽家たちに生演奏させるなんて、さすが王様ですね。「アラ・ホーンパイプ」は組曲第2番の第2曲。ぜんぶで20曲ほどある組曲の中でも一番有名な、はなやかな作品です。「ホーンパイプ」とはイギリスに伝わる3拍子を基本とする舞曲のことです。

ヘンデル:
オペラ『セルセ』HWV 40 より「オンブラ・マイ・フ」

 オペラ作曲家としてイギリスで大成功していたヘンデルの作品のなかでも、もっとも愛され続けているオペラ・アリア(歌手のソロ曲)といえば、この「オンブラ・マイ・フ」でしょう。『セルセ』というオペラの中で、ペルシャの王様が木陰にたたずみ、「こんなにも愛らしく優しい木陰はない」とゆったりと歌い上げます。

J. S. バッハ:
コーヒー・カンタータ『そっと黙って、おしゃべりめさるな』
BWV 211 より 第4曲 アリア「ああ、コーヒーのおいしいこと」

 バッハは教会のための音楽や、鍵盤楽器のための教科書になるような曲をたくさん作ったとお伝えしましたが、時には人々の暮らしに寄りそうような、楽しい曲も作りました。そのひとつがこのカンタータです。カンタータとは、当時オペラと並んで人気のあった、歌と楽器の演奏で展開していく音楽作品です。この曲の正式なタイトルは「そっと黙って、おしゃべりめさるな」。作曲された1734年ごろ、バッハが暮らしていたドイツのライプツィヒでは、コーヒーが大流行していました。そこでバッハは、コーヒーに夢中な娘さんと、飲み過ぎを心配するお父さんのやりとりを、楽しいカンタータにしました。「ああ、コーヒーのおいしいこと」は、娘さんが「1000回のキスよりも素敵で、マスカットのお酒よりもまろやか」とコーヒーのおいしさを歌う曲です。

ハイドン:
交響曲第90番 ハ長調 Hob. I:90 より 第4楽章

 ハイドンは生涯に100曲以上もの交響曲(規模の大きなオーケストラのための音楽)を作り、「交響曲の父」とも呼ばれます。長い間エステルハージ家という貴族に音楽家として雇われていましたが、ハイドンの作る交響曲や弦楽四重奏や鍵盤楽器のための作品は、ヨーロッパのいろいろな国で演奏されるほど人気となりました。ハイドンは58歳で、長く働いていたエステルハージ家でのお仕事をやめてからはウィーンで暮らし、その後もいろいろな人から「作品を書いてほしい」と頼まれました。この交響曲第90番もそんな作品の一つです(1788年に完成)。今日演奏される第4楽章は、作品のフィナーレを飾るにぎやかな曲想です。ユーモアやジョークの好きだったハイドン。後半では、ハイドンのちょっとしたイタズラがあるかもしれません?!

モーツァルト:
オペラ『フィガロの結婚』K. 492 より「さあ、ひざまずいて」

 神童と呼ばれ、子どものころから鍵盤楽器をたくみに演奏し、天才的な音楽のセンスを輝かせていたモーツァルト。大人になると、オペラの作曲も得意としました。『フィガロの結婚』は1786年に作られたオペラです。お金持ちの伯爵に仕える家来のフィガロと、もうすぐ彼と結婚する美しい女中スザンナたちが、女好きのずる賢い伯爵をこらしめるという楽しいストーリーです。「さあ、ひざまずいて」は、伯爵をだますために、スザンナが美少年のケルビーノに、自分の洋服を着せようとするシーンで歌います。「さあ、ひざまずいて、じっとして、こっちを向いて……」と、ケルビーノに女の子の格好をさせてしまいます。

アンゲラー:
『おもちゃの交響曲』より 第1楽章

 この曲はその昔、ハイドンが作曲したものだと信じられてきましたが、その後モーツァルトのお父さんのレオポルト・モーツァルト(1719~87)の作だとする意見も出るなど、さまざまに考えられてきました。最近ではオーストリアのチロル地方の神父エトムント・アンゲラー(1740~94)が作ったと言われています。タイトルにあるとおり、オーケストラの楽器とともに、おもちゃのラッパやたいこ、ガラガラ、水笛、カッコーと鳴る笛など、おもちゃ楽器がたくさん登場するかわいらしい作品です。

ベートーヴェン:
交響曲第7番 イ長調 作品92 より 第4楽章

 9つの交響曲を残したベートーヴェン。ハイドンの交響曲の数に比べると、すご~く少なく感じるかもしれませんが、ベートーヴェンの時代にもなると、音楽家は自分の表現したいことを、たっぷりと思いをこめて作曲したので、一曲ずつたいへんなエネルギーをかけるようになったのです。9つしかないけれど、「運命」(第5番)や「田園」(第6番)、第九など、ベートーヴェンの交響曲は、どれも名曲ぞろいです。なかでも、リズムがもっとも生き生きとしているのが交響曲第7番です。4つの楽章すべてにユニークなリズムが登場しますが、とりわけ第4楽章は、タンタカタン!という元気なリズムで幕を開け、音楽が前へ前へと力強く進んでいきます。この曲が完成したのは、ベートーヴェンが41歳の時(1812年)。当時、ウィーンの街を占領していたフランスのナポレオン軍が負け、人々はよろこびであふれていました。ベートーヴェンも晴れやかな気持ちで、この曲を作曲したのかもしれません。

コラム
音楽が聴かれる場所
その1 ~劇場・教会・宮廷

 音楽はさまざまな場所で生まれ、演奏されてきました。それでもヘンデルの『水上の音楽』が、王様の船遊びのときに水辺で演奏されたというのは、かなり特別なことです(楽器が水に濡れたら大変!)。ふだんヘンデルは、オペラやバレエが上演される劇場のためにたくさん音楽を作りました。でも当時は、今のような強いライトはありません。ろうそくが何本も立てられて、ゆらめくほのかな明かりの中でオペラが上演されていたのです。幻想的で美しい世界だったことでしょう。
 バッハはキリスト教の礼拝で演奏される音楽を書き続けました。ヨーロッパの教会の中は、とても天井が高くて、音がよく響きわたります。聖歌隊やお祈りに参加する人々の歌声や、音楽家が演奏するオルガンの響きが、石造りの壁や天井に当たって跳ね返り、教会全体の空間をふわ~っと包み込みます。現代でも、教会では礼拝やミサはもちろん、コンサートも行われていますので、機会があったら訪れてみてください。
 ハイドンやモーツァルトの時代には、土地をおさめる王様や、お金持ちの貴族の宮廷、つまり立派なお城で音楽が豊かに鳴り響いていました。音楽家はお城に雇ってもらい、儀式や行事のため、あるいはお城の人々の楽しみのために次々と曲を書いていました。評判の音楽家は、特別なお城に招かれることもありました。神童モーツァルトはまだ6歳の時、オーストリアの王様から招かれて、シェーンブルン宮殿という大きくて美しいお城で演奏し、なんと王女様のおひざにちょこんとのってキスをした、というエピソードが残っています。ベートーヴェンもまた、貴族のお屋敷に招かれてピアノの演奏や室内楽を演奏したり、ウィーンの劇場で交響曲や協奏曲を披露してきました。
 このように、音楽は人々が集まる場所で生まれ、聴かれ、その歴史をつないできたのです。

(文 飯田有抄)