プログラムノート

第73回 2020年7月24日(金・祝)『ヨーロッパ I』

スメタナ:オペラ『売られた花嫁』序曲
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調 K. 219「トルコ風」より第3楽章
グリーグ:『ペール・ギュント』組曲第1番 作品46 より 第1曲「朝」
ヤン・ヴァン=デル=ロースト(中原達彦 編曲):『カンタベリー・コラール』(弦楽合奏用編曲)
ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」より 第3楽章、第4楽章

「こども定期演奏会 2020」テーマ曲

山下華音:『ハムスターパーティー』
『ハムスターパーティー』
山下華音さん(小学3年生)からのコメント
大きなホールで100ぴきのハムスターたちがクリスマスパーティーをしています。ステージでは、げきやダンスにバレエなどをはっぴょうしています。
 ずっとパーティーが続いたらいいのにな。
 わたしはきょくを作ることが大すきです。このきょくは1年生の冬に作りました。そしてテーマきょくように少しかえておうぼしました。
 えらばれたときはびっくりしたけど、とてもうれしかったです。
 7月5日の演奏会で、はじめてオーケストラで演奏されたこの曲をききました。和田さんの考えてくれたへんきょくは、たくさんの楽器が豪華な音をだしていて楽しかったです。

飯田有抄(クラシック音楽ファシリテーター)


スメタナ:
オペラ『売られた花嫁』序曲

 『売られた花嫁』は、チェコの作曲家ベドジフ・スメタナ(1824〜84)が作った楽しいオペラ(歌と音楽による劇)です。農村の娘マジェンカには、すてきな青年イェニークという恋人がいました。しかし、マジェンカのお父さんとお母さんは、大金持ちミーハの息子ヴァシェクと結婚するように、話を進めてしまいます。悲しくてつらい気持ちになるマジェンカとイェニークですが、じつはなんとイェニークも、大金持ちミーハの、行方が分からなくなっていた息子だったのです! それがわかり、晴れて二人は結ばれてハッピーエンドとなります。
 およそ150年前に生まれたこのオペラがとても人気になったのには、いくつか理由があります。その一つは、作曲者のスメタナが自分の国の言葉、つまりチェコ語でこのオペラを作ったことです。当時のチェコは、ドイツ系のお金持ちの貴族たちが土地を支配し、いばっていたので、ドイツ語でオペラが上演されることがほとんどでした。チェコの人たちは、はじめから自分たちのチェコ語でオペラが作られたことをとても喜んだのです。また、このオペラの中にはチェコに昔から伝わる踊りの曲(軽やかな「ポルカ」やスピーディーな「フリアント」など)が取り入れられました。オペラの幕が上がる前に演奏される「序曲」は、そうしたチェコの明るくエネルギッシュな雰囲気を伝えてくれます。この序曲だけがコンサートで演奏されることもよくあります。

モーツァルト:
ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調 K. 219「トルコ風」より第3楽章

 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~91)は、オーストリアのザルツブルクという都市に生まれ、35年という短い人生のうち、終わりの10年間は音楽の都ウィーンで暮らしました。子どものころからヴァイオリンの演奏が得意だったモーツァルトは、ヴァイオリンとオーケストラのための協奏曲を全部で5つ作りましたが、どれもみなウィーンに引っ越す前のザルツブルク時代に書かれています。ザルツブルク時代といっても、モーツァルトは小さな頃からお父さんと一緒にヨーロッパ中を旅してまわり、あちこちのステキな音楽に触れています。旅先ではたくさんのことを学び、自分も演奏したり、作曲もしてきました。ですからきっと、4つのヴァイオリン協奏曲を一気に書いたその年は、それまでに吸収したさまざまなことが、次々とあふれ出てきたのかもしれませんね。
 第5番のヴァイオリン協奏曲は、そんな若き日のモーツァルトのアイディアがいっぱい詰まった、生き生きとした作品です。この曲が「トルコ風」と呼ばれるのは、第3楽章に由来しています。優雅な3拍子のメヌエットで始まりますが、中間部で勇ましい行進曲風の音楽となります。この部分の異国風の雰囲気から「トルコ風」というニックネームが付いたのです。

グリーグ:
『ペール・ギュント』組曲第1番 作品46 より 第1曲「朝」

 今度はヨーロッパの北にある国ノルウェーの作曲家、エドヴァルド・グリーグ(1843~1907)の作品です。『ペール・ギュント』とは劇のタイトルで、主人公の名前でもあります。この劇はノルウェー生まれの有名な劇作家イプセンが書いたもので、グリーグがその音楽を担当しました。グリーグは20曲以上も作曲しましたが、その中から自分で8つを選び、4曲ずつからなる2つの組曲にまとめ、コンサートで演奏できるようにしました。
 「朝」は、第1組曲の1曲目です。最初にフルート、そしてオーボエが、爽やかなメロディーをかわりばんこに奏でます。それはやがて弦楽器へと渡されて、美しい響きがオーケストラ全体に広がります。これは、自由気ままに生きる劇の主人公ペール・ギュントが北アフリカの砂漠の地で、朝日を見ている場面の音楽なのです。

ヤン・ヴァン=デル=ロースト(中原達彦 編曲):
『カンタベリー・コラール』(弦楽合奏用編曲)

 続いては、ベルギーの作曲家ヤン・ヴァン=デル=ロースト(1956〜 )という人が、今から30年ほど前の1991年に作った曲です(およそ400年もの歴史があるクラシック音楽の中では、とても“新しい”曲ですね)。しみじみと心温まるメロディーとハーモニーが感動的な作品です。「カンタベリー」とは、イングランドにある美しい大聖堂のこと。ヴァン=デル=ローストはその教会を訪れたときの感動を、この音楽で表しています。もともとは、とあるブラスバンドから作品を作ってほしいと頼まれて書かれたものです。つまり最初は金管楽器の合奏用に作られたのですが、その後は木管楽器や打楽器の入った吹奏楽版や、他の音楽家の手によってクラリネットやサクソフォーンによる合奏版なども誕生しました。今日演奏されるのは、日本の作曲家・中原達彦さんによる弦楽合奏版です。

ベートーヴェン:
交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」より第3楽章、第4楽章

 「ジャジャジャジャーン!」という出だしでとても有名な“運命”交響曲。きっと多くの人がどこかで一度は耳にしたことがあるでしょう。これは2020年の今年、生誕250周年を迎えるルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)の代表的な作品です。一度聴いたら忘れられないような、あまりによく知られる「ジャジャジャジャーン!」ですが、この交響曲全体が、最後はどんな終わり方をするのか知っていますか?
 全部で4つの楽章から成り立っているのが交響曲第5番。後半の第3楽章、第4楽章は、切れ目なく続けて演奏されるのです。楽章と楽章を続けることを「アタッカ」と呼びますが、ベートーヴェンはこのアタッカをうまく取り入れて、この交響曲をとてもドラマティックなものに仕上げたのです。第3楽章は少し深刻で暗めな雰囲気ですが、終わりで徐々に光が差してくるような響きになります。そして切れ目なく続けられる第4楽章の冒頭では、ハジけるように明るい世界が広がります。この「暗から明へ」というハッキリとした変化は、2つの楽章を繋げたことによって鮮やかに際立つのです。ベートーヴェンが示したこの方法は、当時の人々をびっくりさせるような新しい表現でした。

コラム

季節を知らせる世界の景色

~ヨーロッパと夏の音楽祭

 ヨーロッパの人々は、大人でも夏には長〜い夏休みをたっぷりとって、都会を離れて涼しい避暑地で過ごしたり、山やビーチで自然を満喫しながら、ゆったりと過ごします。
 日本から夏休み中にヨーロッパ旅行に出かけて、有名なコンサートホールやオペラ座で演奏を聴いてみたいと思っても、実は音楽家たちも夏休みなのです! 伝統あるパリのオペラ座もウィーンの楽友協会も、7月・8月は「シーズンオフ」で、通常通りの公演が行われていません。
 では、夏にはヨーロッパ中で音楽が演奏されなくなってしまうのでしょうか。もちろんそうではありません。ヨーロッパの夏は、夜の9時や10時くらいまで明るいため、屋外で演奏を楽しむナイト・コンサートや、毎日のようにコンサートが開かれる音楽祭がたくさん催されているのです。
 今日のコンサートで登場したモーツァルトの故郷、ザルツブルクで開かれる音楽祭も、そうした夏のお決まりのイベント。「ザルツブルク音楽祭」は、なんと今年で100周年を迎える伝統あるお祭りです。毎年7月から8月にかけて、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団やトップ・スターの演奏家たちが登場し、コンサートやオペラがおよそ200公演も開かれます。残念ながら今年の夏は新型コロナウイルスの影響で、海外でもたくさんの音楽祭が中止になってしまいました。ザルツブルク音楽祭はというと、日数、公演、お客さんの数を減らして、なんとか100周年にも開かれることになったそうです。
 今年は日本から出かけるのは難しいヨーロッパの音楽祭ですが、夏の星空の下で音楽を楽しめるチャンスがあったら、皆さんもぜひ参加してみてくださいね。

(文 飯田有抄)