プログラムノート

第71回 2019年9月8日(日)『スタイル』

J. S. バッハ:『平均律クラヴィーア曲集』第1巻 第1番 ハ長調 BWV 846 より 前奏曲
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」 より 第1楽章
ドビュッシー:『小組曲』より「メヌエット」
シューベルト:『3つの軍隊行進曲』D. 733 より 第1番 ニ長調
ムソルグスキー(ラヴェル 編曲):組曲『展覧会の絵』より「バーバヤガーの小屋(めんどりの足の上に立つ小屋)」「キエフの大きな門」

「こども定期演奏会2019」テーマ曲

村瀬萬紀:
『空中散歩~Les Petite Histoires』
村瀬萬紀さん(小学校4年生)からのコメント
『空中散歩』
 この曲の主人公は庭に置き去りにされた自転車です。乗る人がいなくても自転車はくさったりせず、一人ごきげんで出かけます。自由に空も飛び、たっぷり散歩を楽しむと、今度は家路を急ぎます。少しゆっくりしすぎたからです。
『Les Petite Histoires』
 どこかの街角でおじいさんがベンチに座り、ヴァイオリン弾きの奏でる曲を聴きながら、目を閉じて昔のことを懐かしく思い出す。そんな場面を想像して、この曲を作りました。
 この二曲が一つに合体するなんて、一体どんな風になるのかと、とても楽しみです。

飯田有抄(クラシック音楽ファシリテーター)

 みなさん、こんにちは! 今年のこども定期演奏会は「音楽レシピ〜音楽は何でできている?」をテーマに、オーケストラを通じた素敵な音楽をお届けしていきます。第1回目にご紹介するレシピは「ハーモニー」。ハーモニーとは、違う音と音とを重ね合わせて作られる美しい響きのことです。一人で歌うのも楽しいけれど、だれかが一緒に“ハモって”くれると、ぐっと音の豊かさが広がりますよね。今日は素敵なハーモニーに彩られた作品がたくさん登場します。

J. S. バッハ:
『平均律クラヴィーア曲集』第1巻 第1番 ハ長調 BWV 846 より 前奏曲

 プログラム1曲目は、ピアノによる独奏です。タイトルには「平均律」という少し難しい言葉がありますが、これは鍵盤楽器の調律方法の名前です。かんたんに説明すると、ピアノの鍵盤に並んでいる音と音との高さの差が、みんな均等になるように整える方法です。そのように調律すると、1台の鍵盤楽器でさまざまな調(ハ長調やニ短調など、音楽には24種類の「調」があります)の曲を、いちいち調律をやりなおさなくても美しく響かせることができるのです。
 この曲集を作ったドイツの作曲家ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685~1750)の時代は、鍵盤楽器といえばまだピアノではなく、チェンバロという楽器がふつうに使われていましたが(バッハは誕生したばかりのピアノを弾いたことがあったようですが、まだ今とはだいぶ違った響きをした楽器でした)、バッハはいろんな調を弾ける便利な調律方法を知って、楽器を学ぶ人たちのために2巻セットの『平均律クラヴィーア曲集』を書きました(本当は「平均律」という題名ではなく「うまく調律された」とバッハは書いていますが、日本語にするときに「平均律」と訳されて、それが広まったようです)。今日はその最初の曲を聴いてもらいます。この音楽には、のちにシャルル・グノーというフランスの作曲家がメロディーを付け、「アヴェ・マリア」という有名な歌にしました。

ベートーヴェン:
ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」 より 第1楽章

 王様が堂々と登場するかのように、オーケストラが力強い和音をバーンと響かせ、すぐにピアノがきらびやかに駆け上るような音型で華々しく登場します。まさに「皇帝」という名前にふさわしい、立派な響きに満ちたピアノ協奏曲です。作曲したのは、ピアノ演奏を得意としていたルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)。実は「皇帝」という名前はベートーヴェンが自分で付けたものではなく、あとから出版社の人が付けたものですが、そのネーミングのセンスはなかなかのものですね。この曲を書き始めた時、ベートーヴェンは38歳。音楽の都ウィーンで活躍し、前の年には有名な「運命」や「田園」といった交響曲(第5番・第6番)を披露したばかりでした。ノリに乗ったベートーヴェンの芸術活動を支えようと、ウィーンの裕福な貴族たちが彼のパトロン(お金の面でサポートしてくれる人)となりました。その一人であるルドルフ大公という人は、生涯にわたってベートーヴェンを支えると同時に、音楽の弟子でもありました。このピアノ協奏曲は、そのルドルフ大公に捧げられています。
 当時は、ピアノを作るメーカーたちが、楽器の改良や製造にこぞって力を入れていた時代でした。ベートーヴェンは、彼らに「こんな楽器を作ってほしい」とさまざまなアイディアを伝えていました。すばやいタッチが可能になったり、より迫力のあるサウンドが出せるピアノが生まれたことも、このピアノ協奏曲「皇帝」が書かれる背景にありました。

ドビュッシー:『小組曲』より「メヌエット」

 『小組曲』は、フランスの作曲家クロード・ドビュッシー(1862〜1918)が、ピアノの連弾のために作曲した愛らしい組曲で、のちにアンリ・ビュセールという人がオーケストラ用にも編曲している作品です。「小舟にて」「行進曲」「メヌエット」「バレエ」という全部で4つの小品でなりたっています。本日演奏される「メヌエット」は、ゆったりとした優雅な舞曲です。
 バンヴィルというフランスの有名な詩人の詩にドビュッシーが音楽を付けた歌曲(1882年作曲の「あでやかな宴」)のメロディーが取り入れられています。今日は、ピアノ連弾とオーケストラによるスペシャル・バージョンでお聴きいただきましょう。

シューベルト:『3つの軍隊行進曲』D. 733 より 第1番 ニ長調

 フランツ・シューベルト(1797〜1828)は31年という短い生涯の中で、600曲以上もの歌曲のほか、交響曲や室内楽にも多くの傑作を残した人です。そして彼は、ピアノ連弾の世界を広げた第一人者ともいえる作曲家なのです。シューベルトがのこしたピアノ連弾作品は、50曲以上! 彼はベートーヴェンとほぼ同じ時代を生きていますが、当時はピアノ連弾が爆発的な人気となっていたのです。シューベルトは舞曲や行進曲、幻想曲や序曲など、さまざまなジャンルの音楽をピアノ連弾曲にしていますが、その多くは人々が家庭のピアノで楽しんだり、ピアノの先生と生徒が弾いたりするために書かれたものでした。『3つの軍隊行進曲』は中でも有名で、作曲は1818年と見なされています。この夏シューベルトは、ハンガリーの貴族のお屋敷からピアノ教師として招かれました。その家のマリーとカロリーネというお嬢さまたちのために、たくさんの連弾曲が書かれたので、その一つではないかと考えられています。

ムソルグスキー(ラヴェル 編曲):組曲『展覧会の絵』より
「バーバヤガーの小屋(めんどりの足の上に立つ小屋)」
「キエフの大きな門」

 おしまいはロシアの作曲家モデスト・ムソルグスキー(1839~81)のピアノのための作品を、のちにフランスの作曲家モーリス・ラヴェル(1875~1937)がオーケストラ用に編曲したバージョンを聴いていただきましょう。
 ムソルグスキーには、39歳という若さで亡くなってしまった画家の友人がいました。友人の死を悲しんでいたムソルグスキーは、彼の残した絵画の展覧会に出かけます。そこで感じたことを音楽にしたのが、この組曲『展覧会の絵』です。組曲には10枚の絵が10曲の作品となって登場し、会場内を歩いている様子を描いた「プロムナード」というメロディーも現れます。今日のコンサートではその中から、2枚の絵による「バーバヤガーの小屋」「キエフの大きな門」を聴いてもらいましょう。これらは組曲の最後を飾る2曲で、続けて演奏されます。「バーバヤガー」とは、森に住む妖怪のおばあさん。鶏の足がはえた不思議な小屋に住んでいます。「キエフの大きな門」は、大きな丸い屋根をもつ立派な建物が描かれています。組曲を締めくくる壮大な音楽です。