プログラムノート

第70回 2019年7月7日(日)『メロディー』

ワーグナー:楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』WWV 96 より 第1幕への前奏曲
チャイコフスキー(グラズノフ 編曲):『懐かしい土地の思い出』 より 「メロディー」作品42-3
チャイコフスキー:バレエ音楽『白鳥の湖』作品20 より 第2幕「情景」
プッチーニ:オペラ『トゥーランドット』 より 「誰も寝てはならぬ」
池辺晋一郎:『黄金の日日』(1978年NHK大河ドラマ テーマ曲)
武満 徹:『波の盆』
カプア:「オー・ソレ・ミオ」
シベリウス:交響詩『フィンランディア』作品26

「こども定期演奏会2019」テーマ曲

村瀬萬紀:
『空中散歩~Les Petite Histoires』
村瀬萬紀さん(小学校4年生)からのコメント
『空中散歩』
 この曲の主人公は庭に置き去りにされた自転車です。乗る人がいなくても自転車はくさったりせず、一人ごきげんで出かけます。自由に空も飛び、たっぷり散歩を楽しむと、今度は家路を急ぎます。少しゆっくりしすぎたからです。
『Les Petite Histoires』
 どこかの街角でおじいさんがベンチに座り、ヴァイオリン弾きの奏でる曲を聴きながら、目を閉じて昔のことを懐かしく思い出す。そんな場面を想像して、この曲を作りました。
 この二曲が一つに合体するなんて、一体どんな風になるのかと、とても楽しみです。

飯田有抄(クラシック音楽ファシリテーター)

 みなさん、こんにちは! 今年のこども定期演奏会は「音楽レシピ〜音楽は何でできている?」をテーマに、オーケストラを通じた素敵な音楽をお届けしていきます。第1回目にご紹介するレシピは「ハーモニー」。ハーモニーとは、違う音と音とを重ね合わせて作られる美しい響きのことです。一人で歌うのも楽しいけれど、だれかが一緒に“ハモって”くれると、ぐっと音の豊かさが広がりますよね。今日は素敵なハーモニーに彩られた作品がたくさん登場します。

ワーグナー:
楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』WWV 96 より 第1幕への前奏曲

 作曲者のリヒャルト・ワーグナー(1813~83)はドイツの作曲家で、歌で劇を進めていく舞台芸術の世界に大きな影響を与えた人です。それまでの歌の劇(「オペラ」といいます)では、なんといっても歌が主役で、オーケストラの音楽はその伴奏にすぎないものでした。ワーグナーはそのスタイルを打ち破り、歌と器楽とが一体となって物語を進めていく「楽劇」という新しいスタイルを作り上げました。
 楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』は、上演時間4時間半にも及ぶ巨大な作品です。マイスタージンガーとは職人の親方で、歌の先生の資格もある人のこと。お話の舞台は16世紀のニュルンベルクという都市。騎士ダーヴィトと美しいエーファはお互いに心を引かれ合う仲ですが、エーファの父親は彼女の結婚相手を、歌合戦での優勝者にすると宣言します。靴屋の親方ザックスの計らいで、ダーヴィトはライバルを退けることができ、歌合戦で晴れて優勝。マイスタージンガーの称号も与えられるというハッピーエンドの作品です。第1幕への前奏曲は、この大作の冒頭を飾るにふさわしい、立派で堂々とした音楽です。

チャイコフスキー(グラズノフ 編曲):
『懐かしい土地の思い出』 より 「メロディー」作品42-3

 この曲はロシアの作曲家ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840~93)が作った『懐かしい土地の思い出』という3曲からなる小品集のなかの1つです。もともとはヴァイオリンとピアノのために書かれた作品ですが、のちにグラズノフ(1865~1936)という作曲家がオーケストラのためにアレンジしました。
 さて、「懐かしい土地」というのはいったいどこなのでしょうか。それはチャイコフスキーの活動をずっと応援してくれたメック夫人の別荘があったブライロフという田舎町だと言われています。この曲を書いた前年、チャイコフスキーは不幸な結婚生活を終わらせ、心に深い傷を負っていました。そんな彼に、メック夫人はブライロフの美しい別荘でくつろぐようにと勧めてくれました。チャイコフスキーは別荘で過ごさせてもらったお礼にと、この曲を書きました。第3曲にあたる「メロディー」は、ゆったりとした伴奏に乗ってヴァイオリンが柔らかな旋律を歌います。

チャイコフスキー:バレエ音楽『白鳥の湖』作品20 より 第2幕「情景」

 チャイコフスキーは『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』などのバレエ音楽でも有名です。『白鳥の湖』は、チャイコフスキーの最初のバレエ音楽です。1877年に初めて上演されたときは、あまり評判が良くありませんでした。というのも、それ以前のバレエ音楽は単なる踊りの伴奏と考えられていたのに、チャイコフスキーの書いた音楽はあまりにも気合が入っていて、当時の振り付け師やダンサーたち、オーケストラの指揮者や演奏家たちが戸惑わずにはいられなかったのです。しかし後には次々と新しい演出で上演されるようになり、不朽の名作として知られるようになりました。「情景」(モデラート)は、哀愁のあるメロディーがオーボエに登場します。白鳥の姿にされたオデット姫とジークフリート王子が愛を誓うように踊るシーンの、とてもロマンティックな曲です。

プッチーニ:オペラ『トゥーランドット』 より 「誰も寝てはならぬ」

 美しくも氷のような心をもった古代中国の王女トゥーランドット。彼女は次々と結婚を申し込んでくる男性たちに3つの謎を与え、解けない彼らを次々と殺していました。イタリアのオペラ作曲家ジャコモ・プッチーニ(1858~1924)が最後に手がけたオペラが、この王女の物語『トゥーランドット』でした。
 王女の謎を解くことができたのは、とある異国の王子カラフでした。しかし王女は彼との結婚を逃れようとします。そこでカラフは、「私の名前を明日の朝までに当ててください。当たれば私の命をあげましょう」と、逆に謎を出します。王女は都市中の人々に「誰も寝てはならぬ、王子の名前を調べ上げよ」と命じました。カラフは有名なアリア(歌手が朗々と歌い上げる曲)「誰も寝てはならぬ」を歌い、きっと王女は自分への愛に目覚めるだろうと、確信を持って歌います。
「王女よ、あなたも眠ってはなりませんよ。私の名前はだれも知りはしません。でも、私があなたの唇に告げましょう。私の口づけがこの沈黙を破り、あなたは私のものになるのです。私は夜明けに勝利するのです!」
 カラフ役はテノールという高い音域の出せる男性歌手が演じますが、このアリアの終わりにはとても高くて長い音があり、華やかな歌声が披露されます。

池辺晋一郎:『黄金の日日』(1978年NHK大河ドラマ テーマ曲)

 1978年に1年間にわたってNHKで放送された大河ドラマ『黄金の日日』のために、日本の作曲家・池辺晋一郎さん(1943~ )が作曲したテーマ曲です。ドラマの舞台は戦国時代。堺の商人のもとで下働きをする主人公・助左が、船で流されてフィリピンのルソン島にたどり着きます。そこで海外と品物を売り買いすることに目覚め、のちに大きな富を築くことになる、というお話です。ドラマのオープニングは、フィリピンで撮影された美しい夕焼けを背景とする映像で、そこに池辺さんの勇ましくも美しいメロディーが、高らかに響くという印象的なものでした。

武満 徹:『波の盆』

 この作品も、日本を代表する作曲家の一人・武満徹さん(1930~96)がテレビドラマのために作曲したものです。1983年秋に放送された日本テレビのドラマ「波の盆」は、ハワイのマウイ島に暮らす日系人家族のお話。第二次世界大戦によって、息子との絆を引き裂かれてしまった主人公のもとに、日本から急に、息子の娘が突然やってきて主人公の心が動きます。日系移民と戦争との関係をとらえたこのドラマは、その年の芸術祭大賞を受賞しました。ドラマのために作られた音楽は、のちに演奏会用のオーケストラ作品としてまとめられました。武満徹さんは、オーケストラ曲や室内楽のほかに、親しみやすい歌もたくさん残しています。この曲は、柔らかなメロディーが優しく響き渡り、武満さんの歌心がたっぷりと感じられます。みなさんの心にもじんわりと残るのではないでしょうか。

カプア:「オー・ソレ・ミオ」

 歌が盛んな国イタリアでは、カンツォーネと呼ばれるジャンルがあります。人々の間で親しまれているポピュラー・ソングのことで、この「オー・ソレ・ミオ」はそんなカンツォーネの一つです。1898年にエドゥアルド・ディ・カプア(1865~1917)というナポリ出身の作曲家・歌手によって作られました。当時のナポリの歌謡コンテストで第2位に輝き、今日まで歌い継がれています。G. カプロという人が書いたナポリ語の詩は、晴れた日の素晴らしさを讃え、愛する人の眩しさを太陽に例えて、「素晴らしい 太陽の輝く一日 さらに美しいのは 君の瞳に輝く 僕だけの太陽……」と歌っています。

シベリウス:交響詩『フィンランディア』作品26

 おしまいはフィンランドの作曲家ジャン・シベリウス(1865~1957)の作品です。シベリウスが生きていたころ、フィンランドは隣の大国ロシアに支配されていました(1917年まで)。作曲を始めたころのシベリウスは、チャイコフスキーなどロシア人作曲家の影響を受けていましたが、祖国ではロシアから独立したいという人々の願いが高まっていました。シベリウスは自分もフィンランド人としての誇りを持ち、愛国心にあふれた作品を書こうと考えます。1899年に作曲した交響詩『フィンランディア』は、母国の人々を大いに勇気づける作品となりました。音楽がフィンランド国民の心を奮い立たせるのを心配したロシア政府は、この曲の演奏を禁止するほどでしたが、人々は大切に演奏し続けました。
 曲の冒頭は、重苦しい雰囲気で、自由を奪われた人々の苦しみが表現されています。やがて、苦難に立ち向かうような力強さを増し、クライマックスを迎えます。中間部に現れる美しいメロディーは、のちに「フィンランディア讃歌」として歌われる合唱曲となりました。今もこのメロディーは、フィンランドの第2の国歌として歌い継がれています。