プログラムノート

第98回 2026年7月5日(日)
『こんなに小さく、こんなに大きく』

東京交響楽団&サントリーホール

「こども定期演奏会」
音楽の実験
第98回 「こんなに小さく、こんなに大きく」
2026年7月5日(日)11:00開演
サントリーホール 大ホール

「こども定期演奏会2026」テーマ曲(清水大輔 編曲)
辻󠄀 理那子:『The Flying Cat』
Rinako Tsuji (arr. Daisuke Shimizu): Theme Music of “Subscription Concert for Children 2026”

ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調 作品68「田園」より 
第4楽章~第5楽章冒頭まで

Ludwig van Beethoven: Symphony No. 6 in F Major, Op. 68, “Pastoral” 
IV.雷雨・嵐:Allegro 

サン゠サーンス:『動物の謝肉祭』より「亀」 *
Camille Saint-Saëns: “Tortoises” from Carnival of the Animals * 

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18より 第1楽章 * 
Sergei Rachmaninoff: Piano Concerto No. 2 in C Minor, Op. 18 * 
I. Moderato 

ラヴェル:『ボレロ』
Maurice Ravel: Boléro

指揮:下野竜也
Tatsuya Shimono, Conductor

ピアノ:清水和音 * 
Kazune Shimizu, Piano * 

東京交響楽団
Tokyo Symphony Orchestra

司会:坪井直樹(テレビ朝日アナウンサー)
Naoki Tsuboi, MC (Announcer of TV Asahi)


プログラム・ノート
「こども定期演奏会 2026」テーマ曲
辻󠄀 理那子:『The Flying Cat』


辻󠄀 理那子さん(小学5年生)からのコメント
 この曲は、私の飼っている猫「ララ」をイメージして作りました。ララは今年2歳になる、グレーと白のハチワレ顔のかわいい女の子です。 
 ララのお気に入りの場所は、リビングの窓際。走る車や歩く人を眺めているその姿は、まるで街をパトロールしているかのようです。窓の外に見える鳥や虫を追いかけ、冬には舞い落ちる雪をつかまえようと大きくジャンプ!!  1メートル20センチを超えるひと跳びは、空を飛んでいるように見えます。そこから、ララが空の上で遊んでいる様子を想像して、この曲で表現しました。 
 曲は、朝起きたララが窓際に向かって走っていく場面から始まります。今日はどんな一日が待っているんだろう。ワクワク、ドキドキの世界へ――Let’s Go!

飯田有抄(クラシック音楽ファシリテーター)

 「音楽の実験」と題してお届けする今年のこども定期演奏会。本日のテーマは「こんなに小さく、こんなに大きく」です。たくさんの楽器がならぶオーケストラは、じつはとても小さい音から驚くほど大きな音まで自由自在に出すことができます。今日はそんな大小の音の変化に耳を澄ませてみましょう!

ベートーヴェン:
交響曲第6番 ヘ長調 作品68「田園」より 第4楽章~第5楽章冒頭まで

 空が急に暗くなり、風に木々がざわめき、やがて雷鳴がとどろいて激しい雨が降り注ぐ――そんな夏の夕立を、みなさんも経験したことがあるのではないでしょうか。この音楽には、そんな自然の荒々しい一面が描かれています。
 作曲したのはルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)です。大都会のウィーンで活躍していたベートーヴェンですが、じつは耳の病に苦しんでいました。お医者さんは彼に、緑の豊かな場所でゆっくり休むようにすすめます。そこでベートーヴェンは、馬車に数時間ほど乗り、ハイリゲンシュタットという田舎町を訪れては、野山を散歩し、小川のせせらぎに耳をすませていました。そこで感じた自然への思いを音楽にしたのが、1808年に完成した交響曲第6番「田園」です。
 今日聴いていただくのは、第4楽章「雷雨・嵐」と第5楽章の冒頭です。弦楽器がかすかな響きで雷の気配を感じさせます。それが少しずつ近づき、ふくらみ、ついにはティンパニの一撃が大きな雷鳴となって鳴り響きます。オーケストラ全体が、ホールいっぱいに広がる嵐のような音を響かせます。雷雨は小さくおさまったかと思えば、また大きく激しく押し寄せます。ベートーヴェンが描きたかった自然の力強さなのかもしれません。やがて嵐は遠ざかり、音楽はふたたび静けさを取り戻します。そして休みなく第5楽章の「牧歌・嵐のあとの喜ばしい感謝の歌」へ。クラリネットがそっと歌い出し、雨上がりのすんだ空気と、自然への深い感謝の気持ちが広がっていきます。

サン゠サーンス:
『動物の謝肉祭』より「亀」

 のっそり、のっそり、ゆっくりと歩く亀の姿が目に浮かんでくるようなこの音楽は、フランスの作曲家カミーユ・サン゠サーンス(1835~1921)が作曲した組曲『動物の謝肉祭』の中の1曲です。全部で14曲からなるこの組曲には、「象」や「カンガルー」や「白鳥」など、たくさんの動物たちが登場します。今日演奏する「亀」は4曲目。ピアノが奏でる伴奏に乗せて、弦楽器がとてもゆったりとメロディーを奏でます。
 じつは、このメロディーはもともと、フランスの作曲家オッフェンバックが書いた『天国と地獄』という、とても速くて陽気な曲なのです。運動会でかかる定番曲でもあります。サン゠サーンスはそれをうんとゆっくりにして、亀の歩みに変えてしまいました。元の曲を知っている人がこっそり笑ってしまうような仕掛けです。『動物の謝肉祭』は、サン゠サーンスが友人のチェロ奏者に頼まれて作った曲でした。親しい人たちだけでこっそり楽しむ音楽会のために作ったので、そんないたずらっぽい曲をいれたのです。けれども今では、世界中で愛される人気曲となっています。

ラフマニノフ:
ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18より 第1楽章

 セルゲイ・ラフマニノフ(1873~1943)は、今から150年ほど前にロシアで生まれた作曲家です。背がとても高く、手も大きくて、ピアノの鍵盤の音をいちどにたくさんおさえることができました。すばらしいピアニストとして活躍しながら、心にしみる素敵な曲もたくさん残しています。今日聴いていただくピアノ協奏曲第2番も、世界中で愛されている人気曲のひとつです。
 このピアノ協奏曲を初演する4年前、24歳だったラフマニノフは、せいいっぱい書き上げた最初の交響曲を発表しましたが、コンサートの演奏は大失敗に終わり、おまけに批評家からも意地の悪い批判をされてしまいました。しばらくはとても落ち込み、作曲する気持ちにはなれませんでした。しかし指揮者としての才能を開花させ、オペラ劇場にデビューするなど、音楽家としての力を少しずつ、でも着々と付けていきました。
 そして1901年(28歳)には、このピアノ協奏曲第2番で見事な大成功をおさめることができました。初演ではもちろんラフマニノフ自身がピアノを弾きました。今日演奏する第1楽章は、独奏ピアノが遠くから近付いてくるような和音でスタートし、やがてオーケストラがメロディーを情熱的に歌い上げます。

ラヴェル:
『ボレロ』

 とある酒場にやってきた踊り子が、ひとり静かに踊り始めます。やがてほかのお客たちもステップを踏み始め、しまいには酒場にいた全員が熱狂的に踊り続ける――そうした情景を描くバレエのために、この『ボレロ』という曲は作られました。フランスの作曲家モーリス・ラヴェル(1875~1937)が、イダ・ルビンシテインというダンサーからのリクエストを受けて1928年に作曲したものです。
 もともと「ボレロ」とは、スペインに起源をもつダンス音楽です。その独特なリズム(タンタタタ・タンタタタ・タッタッ|タンタタタ・タンタタタ・タタタタタタ)を小太鼓がとても静かに打つところから、この曲は始まります。やがてフルート、クラリネット、ファゴット、小クラリネット、オーボエ・ダモーレ、トランペット、サクソフォン……というように、さまざまな楽器が順にメロディーを奏でていきます。登場する主要メロディーはたった2種類のみです。しかも、最初から最後までテンポも変わりません。それなのに、音楽はまるで生き物のように、少しずつ少しずつ姿を変えていきます。秘密は、楽器の数と音量にあります。はじめは小太鼓、そしてフルートからそっと始まりますが、やがて仲間が加わり、重なり合い、ふくらみ、ホール全体を満たすほどの大きな響きへと育っていくのです。同じメロディーが、とても小さいところから、とても大きくなっていく――その変化を、ぜひ耳で追いかけてみてください。最後は全楽器による大音量のクライマックスを迎えます。



コラム
人類のチャレンジと実験
[その2] 「小さすぎて見えない世界」をのぞいた人

 今日のコンサートにはベートーヴェンが登場しますが、彼が生まれるよりも100年も前に、ある実験に夢中になった人がいました。「この世界には、目には見えないほど小さな生きものがいるのではないか?」――そんなことを調べた人です。
 舞台は1670年代のオランダ、運河のあるデルフトという町。そこにはアントニ・ファン・レーウェンフック(1632~1723)という、町の布地屋さんがいました。彼は科学者でもお医者さんでもありません。お店で売る布の細かい糸を確かめるために虫めがねを使っているうちに、もっと大きく拡大できるレンズを作れないかと工夫を始めたのです。
 レーウェンフックは、小さなガラス玉のようなレンズを磨きあげて、ついには物を200倍以上に拡大できる顕微鏡を作りあげました。そして、雨水や自分の歯にくっついた汚れなど、身のまわりのありとあらゆるものをのぞきこんでみたのです。
 ある日、池の水を一滴のせて顕微鏡をのぞいたレーウェンフックは、大いに驚きました。「ちっぽけな生きものが、ぐるぐる動きまわっている!」
 これは人類が初めて「微生物」という、目に見えない小さな生きものの存在を観察した、歴史的な瞬間でした。それまでは、人間の目で見えないものについては、ほとんど何もわかっていなかったのです。レーウェンフックはその後も、赤血球や細菌など、人類が初めて見るものを次々に観察していきました。町の布地屋さんの「もっとよく見てみたい」という気持ちが、世界の見え方をまるごと変えてしまったのです。
 ほんの一滴の水のなかにも、あっと驚くような世界が広がっている――そう思って耳をすませてみると、今日のオーケストラの「とても小さな響き」のなかにも、新しい発見があるかもしれません。

レーウェンフックが自作した顕微鏡
(文 飯田有抄)