プログラムノート

第94回 2025年7月6日(日)『ドイツ、フランス、オーストリア(西欧)』

バークレイズ証券株式会社 特別協賛
東京交響楽団&サントリーホール

「こども定期演奏会」
音楽世界めぐり
第94回 「ドイツ、フランス、オーストリア(西欧)」
2025年7月6日(日)11:00開演
サントリーホール 大ホール

「こども定期演奏会 2025」テーマ曲(和田 薫 編曲)
柴崎日花里:『1分間の夢旅行』
Hikari Shibasaki (arr. Kaoru Wada): Theme Music of “Subscription Concert for Children”

ヘンデル(ハーティ 編曲):『水上の音楽』より「アレグロ」
George Frideric Handel (arr. Hamilton Harty): “Allegro” from Water Music

ドビュッシー(ビュセール 編曲):『小組曲』より
Claude Debussy (arr. Henri Büsser): from Petite Suite

第1曲「小舟にて」 No. 1 “En bateau”
ピアノ連弾:江木文香(小学3年生)&小山実稚恵
Fumika Egi & Michie Koyama, Piano

第4曲「バレエ」 No. 4 “Ballet”
ピアノ連弾:川添音々(小学4年生)&小山実稚恵
Nene Kawazoe & Michie Koyama, Piano

レスピーギ:『リュートのための古風な舞曲とアリア』第3組曲 より 第1曲「イタリアーナ」
Ottorino Respighi: No. 1 “Italiana” from Antiche danze ed arie per liuto Suite No. 3

モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K. 488 より 第1楽章
Wolfgang Amadeus Mozart: Piano Concerto No. 23 in A Major, K. 488
I. Allegro
ピアノ:小山実稚恵
Michie Koyama, Piano

ブラームス:交響曲第3番 ヘ長調 作品90 より 第3楽章
Johannes Brahms: Symphony No. 3 in F Major, Op. 90
III. Poco allegretto


指揮:下野竜也
Tatsuya Shimono, Conductor

東京交響楽団
Tokyo Symphony Orchestra

司会:坪井直樹(テレビ朝日アナウンサー)
Naoki Tsuboi, MC (Announcer of TV Asahi)


プログラム・ノート
「こども定期演奏会 2025」テーマ曲
柴崎日花里:『1分間の夢旅行』


柴崎日花里さん(中学1年生)からのコメント
 1分間の夢旅行は、夜、私がふとんに入った時、夢の中で旅行ができたらいいなと思っていたらひらめいた曲です。私なら旅行の行き先はビッグベンがあるロンドンを思い浮かべます。他にも空想の世界を旅してもいいし、おしゃれなホテルで本を読んでもいいしどんなイメージでもいいのです。自由に自分だけの夢旅行を想像しながら聴いてくださったら嬉しいです。
 そしてこの曲を作る時に支えてくださった先生方、ありがとうございました!そろそろ出発のお時間となったようです。それでは皆様、1分間の夢旅行に、行ってらっしゃい!

飯田有抄(クラシック音楽ファシリテーター)

 今年のこども定期演奏会は、「音楽世界めぐり」をテーマにお届けします。世界中の様々な国や地域の情景や人々の思いを、オーケストラの音楽があざやかに描き出します。今日は、ドイツ・フランス・オーストリアを中心に、西ヨーロッパの音楽を旅していきましょう。

ヘンデル(ハーティ 編曲):
『水上の音楽』より「アレグロ」

 作曲者のジョージ・フリデリック・ヘンデル(1685~1759)は国を超えて活躍した作曲家です。ドイツに生まれ、オペラ(歌劇)が盛んなイタリアで修行をしたあと、イギリスに渡りました。おもにオペラやオラトリオ(宗教音楽劇)で人気者となりましたが、イギリス時代に作ったオーケストラのための組曲『水上の音楽』も、とても有名な曲です。
 1717年のある日、イギリスの王様ジョージ1世が、ロンドンを流れるテムズ川で船に乗り、食事やおしゃべりを楽しむという豪華なイベントを開きました。王様が乗った船のそばを、50人もの楽器奏者が乗る船がぴったりと付いていき、一晩中音楽を奏でたそうです。その音楽が、この『水上の音楽』です。ヘンデルは、全部で3つの組曲でまとめていますが、本日演奏される「アレグロ」はその中の一曲で、ホルンを中心に同じ音を繰り返すメロディーがテンポよく演奏され、華やかな雰囲気に満ちています。

ドビュッシー(ビュセール 編曲):
『小組曲』より 第1曲「小舟にて」、第4曲「バレエ」

 続いてはフランスの作曲家クロード・ドビュッシー(1862~1918)の作品です。ドビュッシーには詩人の友達がたくさんいました。心の中で感じたことを言葉でたくみに表現する詩人に憧れたドビュッシーは、自分の曲のタイトルに詩の中の言葉を用いたり、詩から受けたインスピレーションを音楽で表したりしました。ピアノ連弾曲『小組曲』も、そうした作品のうちの一つです。第1曲の「小舟にて」は、ヴェルレーヌという詩人の言葉からタイトルを付けた曲で、波にゆったりと揺れる小舟の様子が描かれます。第4曲の「バレエ」はリズミカルな音楽で、ダンサーの軽やかなステップが目に浮かぶようです。
 この曲はのちに、フランスの指揮者であり作曲家のアンリ・ビュセール(1872~1973)によってオーケストラ用に編曲されました。本日演奏されるのは、原曲のピアノ連弾版と、オーケストラ編曲版とをミックスした、こども定期演奏会オリジナル版です。

レスピーギ:
『リュートのための古風な舞曲とアリア』第3組曲 より 第1曲「イタリアーナ」

 こんどはイタリアの音楽です。イタリアは歌が中心となるオペラによって、ヨーロッパの音楽をリードしてきた国です。そんなイタリアにおいて、歌ばかりではなく、オーケストラの音楽も豊かにしよう!と取り組んだのがオットリーノ・レスピーギ(1879~1936)です。レスピーギは、まるでパレットのカラフルな絵の具のように、さまざまな楽器の音色をたくみに扱い、はなやいだオーケストラ曲をたくさん作りました。
 また彼は、イタリアに古くから伝わる民謡や、宗教の音楽、器楽曲にも興味がありました。ローマの音楽院で作曲科の先生をしていたレスピーギは、学校の図書館に眠るさまざまな資料を手に取りながら、昔の音楽を現代のオーケストラで輝かしく響かせようと考えました。その中で生まれたのが、『リュートのための古風な舞曲とアリア』です。リュートとは、13世紀ころからヨーロッパで使われていた弦楽器のこと。レスピーギは古い楽譜をもとに、3つの組曲を作りました。そのうち第3組曲は、弦楽器だけで演奏されます。流れるように美しい「イタリアーナ」は、広く愛されている曲です。

モーツァルト:
ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K. 488 より 第1楽章

 「音楽世界めぐり」といえば、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~91)は子どものころからヨーロッパ中を旅して回っていました。オーストリアのザルツブルクという都市で生まれましたが、まだ小さなころから見事にピアノを弾きこなしたので、音楽家だったお父さんが幼いモーツァルトを連れて、演奏旅行に出かけたのです。6歳からウィーン、パリ、ロンドン、ミラノなどたくさんの都市を訪れる中で、モーツァルト自身も各地の素晴らしい音楽を吸収することができたのでした。
 そんなモーツァルトは、11歳から35歳で亡くなるまでの間に30曲ほどのピアノ協奏曲を編曲・作曲しました。その多くは、ウィーンで活躍した20代のころに作られています。当時のウィーンでは新しい音楽が人気で、モーツァルトも自分でコンサートをひらいたり、貴族の家で演奏したりと大忙しでした。今日演奏される第23番の協奏曲は、モーツァルトがもっとも華やかに活動していた時期(1786年、30歳の時)の作品です。第1楽章は明るく朗らかなメロディーがすてきな音楽です。

ブラームス:
交響曲第3番 ヘ長調 作品90 より 第3楽章

 おしまいは、ドイツの作曲家ヨハネス・ブラームス(1833~97)の作品です。ドイツには「3大B」として尊敬されている3人の作曲家がいます。ブラームスはその一人で、ほかはJ. S. バッハ(1685~1750)とベートーヴェン(1770~1827)です。3人とも名前の頭文字がアルファベットの「B」で始まるので、「3大B」と呼ばれるのです。
 ブラームスはとくにベートーヴェンを尊敬し、大きな影響を受けていました。ベートーヴェンがあまりに立派な交響曲(規模の大きなオーケストラ作品)を9曲も作ったので、ブラームスはなかなか最初の1曲が書けず、第1番が完成したときにはすでに40歳を超えていました。しかしその後は、のびのびと交響曲を作ることができ、生涯に4つの交響曲を残しました。第3番は50歳の時の作品です。有名な指揮者のハンス・リヒター(1843~1916)は、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」のように素晴らしいと感じて、「これはブラームスの『英雄』だ」と語ったそうです。今日演奏される第3楽章は、最初にとても美しいメロディーをチェロが奏でます。そのあと楽器を変えて何度も登場するこの旋律は、のちに歌詞を付けて歌われるなどして、とても有名になりました。


コラム
グルメ世界めぐり~フランスのパンや焼き菓子

 今日のコンサートにドビュッシーが登場しましたが、彼が暮らしたフランスには、日本の私たちにもお馴染みのおいしい食べ物がたくさんあります。
 私たちがお米を食べるように、フランスの人たちはパンを主食にしています。私たちがよく「フランス・パン」と呼んでいるのは、長細い形の「バゲット」というパンです。外はカリッと硬く焼き上げられていて、パリパリしておいしいですよね。どうして長い形をしているのかというと、兵隊が戦地にパンを持って行くときに、細長いとポケットに入れやすいから、ナポレオンが作らせたという話があります。ほかには、細長いほうがオーブンで早く焼けるからとか、サンドイッチを作りやすいから、といった理由もあったようです。
 フランスが生んだスイーツには「マドレーヌ」があります。貝殻の形をした小さな焼き菓子を、みなさんもきっと食べたことがあるでしょう。マドレーヌとは、このお菓子を最初につくった女の人の名前だった、と言われています。なぜ貝殻の形をしているかというと、その昔、神聖な場所を旅する巡礼者たちが、お守りとしてホタテの貝殻を持ち歩いていたので、大切なものを表す形として焼き菓子の型にされたという説があります。
 フランスの有名な小説家にマルセル・プルースト(1871~1922)という人がいます。彼はある時、紅茶にひたしたマドレーヌを一口食べ、その味や香りによって、子ども時代のたくさんの思い出がよみがえり、とても幸せな気持ちになったそうです。これはプルーストの『失われた時を求めて』という小説の有名な一場面として描かれています。

マドレーヌと紅茶

(文 飯田有抄)