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プログラム・ノート
   
塩見和子(日本音楽財団 理事長)×大友直人(東京交響楽団 常任指揮者)
   
  いま音楽になにができるのでしょうか。これからの音楽に求められるのは何でしょうか。本日は、日本音楽財団理事長の塩見和子さんをお迎えして、大友さんとお話しいただきました。
 
   こども定期演奏会の取り組みについて 
 


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大友
いつもご協力をいただき、感謝申し上げます。きょうは「こども定期演奏会」を中心に、幅広くお話をうかがいたく思っております。この演奏会の開催にあたっては、塩見さんが理事長をお務めになる日本音楽財団とも大変深い関係にある日本財団さんにご理解をいただき、多大なるご支援をいただき、誠にありがとうございます。
「こども定期演奏会」は、東京交響楽団とサントリーホールの共同企画で、「将来の聴衆を育てる」ことをめざすとともに、ご家庭でもっと音楽を身近に親しんでいただいて、「オーケストラの演奏会に行くこと」をみなさんのライフスタイルのなかに取り入れていただけたらいいなという気持ちから生まれたコンサートです。こどもを「こども扱い」せず、おとなも一緒に楽しめる内容をめざしています。おかげさまで、チケットの売れ行きも好調で、とてもいい評判をいただいています。熱心に聴いてくださる客席の反応に、われわれも勇気づけられています。

 
   
   こどもと音楽の幸福な関係
 
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塩見:
 
本当にすばらしい企画で、さすがと感心しております。このような先駆的な取り組みを、日本財団では、将来的に他の交響楽団のモデルともなりうる事業と受け止め、大いに期待しています。こどものためのコンサートはあちらこちらで行われていますが、やさしくしすぎて、こども扱いされた当のこどもたちが冷めてしまっているのを見たことがあります。そういうふうに特別扱いされるよりも、「一人の定期会員」として席をもらって演奏を聴くほうが、一人前の気分になって嬉しいですよね。それになんといっても、彼らがじっと座って集中して聴くのは、一流の演奏のときです。大友さんと東京交響楽団の演奏をサントリーホールで聴くことができるのですから、こども定期の会員のみなさんは幸せですね。今シーズンの内容を拝見しますと、4回の演奏会でいろいろな角度から幅広くクラシック音楽に触れられるようになっていますから、系統立てて聴くことができるのがいいと思います。マエストロ自らお話もなさるので親近感もわきますね。
 私は、クラシック音楽を人類の「共通分母」として捉えるべきだと思っているんです。ある特別な「分子」としての音楽ではなく、いろいろな方がそれぞれの人生を歩むなかで、人類すべての「共通分母」として音楽に親しんでいただきたい、という気持ちからです。そしてそれには、こどものときの音楽体験がとても重要です。私は外国生活が長かったのですが、海外の劇場に行くと、みな小さいときから親に連れられて、オペラやコンサートを聴きにきているんですね。お父さん、お母さんと一緒に、おとなしく聴いているこどもたちをよくみかけます。おうちでもそこから話題が広がっていくことでしょう。クラシック・ファンというと、「おたく族」のように人とふれあわず知識偏重の聴き方をする人たちや、有名なものだけを追いかける人たちがいますが、こどもたちには、ぜひとも生活のなかで音楽と幸福な関係を持っていただきたい。流行にまどわされたりせず、自分で「いい音楽」を見分けられるようになるには、小さいときからいい環境ですばらしい演奏を聴いて、感覚を育てることがとても大切と思います。
   
   ■いいレストランのようなオーケストラ
 
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大友:
 
そのためにも、われわれ演奏家の責任は重大ですね。私はいつも「いいレストランのようなオーケストラになりたい」と思っているんです。流行の有名な店に行くのもいいですが、われわれの生活になにが必要かと考えると、やはり「いつ行ってもおいしいものを食べさせてくれる、心地よいレストラン」ではないでしょうか。「あそこに行けば、いつでも、どんな曲でも、いい演奏を聴かせてくれる」と思っていただけるように、「いつも幸せなひとときを過ごせるオーケストラ」をめざしたいと思っています。こども定期の定期会員のみなさんは、こういうことがわかる聴衆になってくださると信じています。
 「音楽のまち」をテーマにした今シーズンは、都市にフォーカスをあてて、その町にちなんだ作曲家、作品を通して、音楽のいろいろな構造に興味をもっていただく工夫をしました。われわれの願いは、演奏会をきっかけに、どれだけ感性の幅を広げていただけるか、です。演奏会で体験したことから、どんどん興味を広げてもらえると嬉しいですね。
 
   
   ■音楽で喜怒哀楽を
 
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塩見: 

そうですね。音楽がすばらしいのは、喜怒哀楽を表現していることです。インターネットの影響で人間的なふれあいが少なくなってきている時代だからこそ、感情のすべてを表現している音楽が大切になってくるのではないでしょうか。音楽には人間を助けてくれる力があります。悲しいとき、寂しいとき、難しい問題を抱えているとき、音楽が心の支えになってくれたり、うながしてくれたり、慰めてくれたりしますし、嬉しいとき、幸せなときに聴く音楽は、その喜びをさらに大きくしてくれます。同じものを愛する人と語り合う楽しみもあります。ですからこどもたちには、好きな音楽をたくさん持っていただきたい。反対に嫌いな音楽があってもよいのです。「好き嫌い」でいえるようになれば、もっと音楽が身近になるのではないかと思います。
 私がこどもの頃は、蓄音機でSPレコードの時代でしたが、ベートーヴェンの『スプリング・ソナタ』が大好きで、レコードが擦り切れるほど聴きました。ちょうど『スプリング』がB面の途中から始まるレコードだったので、端から何センチのところに針をおろせばよいか、すっかりマスターしてしまったくらいです。それくらい夢中になるというのはすばらしいことで、今でもそのときの感動をよく覚えています。当然10代で聴いた『スプリング』と30代の印象は違いますし、そして今はまた違うイメージで……というように、人生のなかでずっと育んでいける喜びもあります。こういうことは強制されてできることではありませんね。「こども定期」が素敵だなと思うのは、「これはこうだ」と決めつけるのではなく、「こういう聴き方をするともっと楽しいですよ」というように自発性をうながして、いろいろな可能性を示していることです。昆虫でいえば触覚で、それがたくさんあればあるほど可能性が広がるわけですから。
 今シーズンの「音楽のまち」についてですが、音楽が生まれた街の特色、作曲家の民族性はとても重要なテーマであるにもかかわらず、語られることが少ないのを残念に思っておりました。特に単一民族の日本人は民族性を意識する機会が少ないので、海外に出て、外国のものに触れることで自覚するということがあるように思います。これからますます国際化する社会で、「音楽のまち」を知ることによって、こどもたちが民族性を意識するきっかけになればと思います。
 
   
   ■共通分母としての音楽
 
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大友: 

民族性といえば、こんなにコンサートがたくさんある日本で、いまだに「なぜ日本で西洋音楽をやるのか」といわれることがあるのです。たしかに日本には独自のすばらしい伝統芸術があり、クラシック音楽の源流はヨーロッパであることは事実ですが、21世紀になって、ヨーロッパ、アメリカ、アジアの間で、クラシック音楽のいい意味での均質化が起きているように思います。それぞれの音楽がもっている民族性、地域的な魅力や価値を尊重するのはもちろん大切なことですが、同時にそれらを超えて、クラシック音楽全体をみんなでシェア(共有)していく、という価値観が生まれているような気がしています。
 
   
   ■音楽にできること〜国境を超えたクロスオーバー〜
 
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大友:
 またこれからの社会、われわれは「音楽になにができるのか」を意識していたいと思います。音楽のすばらしさは、なんといっても国籍、人種、年齢、性別を超えて、心をひとつにしてハーモニーを奏でることができること、そしてみなさんに感動を共有していただくことができること、ではないかと思います。なかでも100人近い演奏家がともにひとつの音楽を作り出すオーケストラはこのことを一瞬にして表すことができます。偶然にも東京交響楽団は外国人奏者が多いオーケストラで、アメリカ、ロシア、中国、スペイン、イギリス、フランス、スウェーデンからの8人の演奏家が一緒に演奏していますから、われわれの演奏会に来ていただければ、「音楽に国境がない」ことがすぐわかっていただけるでしょう。

塩見:
 「国境を超えたクロスオーバー」を実現されているとはすばらしいこと。そのような交流が、今後ますます増えていくのではないかと思います。西洋にはクラシック音楽を生活のなかで楽しんできた長い歴史がありますから、いいものはどんどん取り入れていっていただいて、こどもたちがもっとクラシック音楽を好きになる場を作っていっていただきたいと思います。

大友: ありがとうございます。今後とも末永く「こども定期」を見守っていただければ幸いです。まだ始めたばかりですので、本当の意味で私たちが期待しているような成果が出るには、10年、20年かかると思っています。それくらい長期的な視線でやっていきたいと思っているのです。

塩見: 
ぜひ次の世代につなげていっていただきたいですね。なんといっても、こどもは親からの影響が大きいですから、いま来られているこどもたちがお母さん、お父さんになったときに、「こども定期」で体験したことを彼らのこどもたちに伝えてくれたら、どんなにすばらしいことでしょう。「継続は力」ですから、ぜひともいい演奏会を続けてください。
 
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