プログラムノート

第67回 2018年9月24日(月・休)「泣いて(T_T)」

ラヴェル:『亡き王女のためのパヴァーヌ』
チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」第3・4楽章 より
グラス:ヴァイオリン協奏曲第1番 より 第1楽章
ハイドン:交響曲第45番 嬰ヘ短調 Hob. I:45「告別」より 第4楽章

「こども定期演奏会2018」テーマ曲
石﨑ひかり:『小さなあさのコンサート』

石﨑ひかりさん(小学校2年生)からのコメント
 はじめてつくったきょくがえらばれて、びっくりしています。
 『小さなあさのコンサート』は、せかいじゅうのひとが、音がくでつぎつぎに目をさまして、コンサートにあつまってくるイメージのきょくです。じぶんのつくったメロディーがオーケストラにアレンジされたら、どんながっきでえんそうされるのか楽しみです。たくさんの人にきいてもらうなんて、ドキドキしています。

飯田有抄(クラシック音楽ファシリテーター)


ラヴェル:『亡き王女のためのパヴァーヌ』

 「亡き王女」。死んでしまった王女さまの音楽? そう思うだけで、ちょっぴりさみしい気持ちになるかもしれませんね。この曲はフランスの作曲家モーリス・ラヴェル(1875~1937)が作曲しました。実は、「亡き王女」というのは、だれか本当に亡くなってしまった人を指した言葉ではないのです。ラヴェルが言葉の雰囲気が素敵だな、と思ってタイトルに付けたそうですよ。詩のような、美しいタイトルだと思いませんか?
 では「パヴァーヌ」ってなんでしょう。これは、ヨーロッパで古くから伝えられている優雅な舞曲のことです。スペインのお城で昔から踊られていた気品のあるダンスとも言われています(ちなみに、ラヴェルの生まれ故郷は、フランスの中でもお隣の国スペインに近い村でした)。ゆったりとした2拍子が特徴です。この作品も、1、2、1、2……とカウントできると思います。
 ラヴェルはこの曲を、パリ音楽院の学生時代に作曲しました。最初はピアノ曲として書きましたが、あとからオーケストラ用にアレンジをしました。「オーケストラの魔術師」と呼ばれるほど、さまざまな楽器の音色を組み合わせてカラフルな響きを作るのが得意だったラヴェル。しっとりとした美しい響きに注目してください。


チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」第3・4楽章 より

 悲しくて痛ましいという意味の「悲愴」というタイトルが付いたこの曲は、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840~93)が作曲した最後の交響曲です。クラシック音楽のタイトルは、必ずしも作曲者が自分で付けるわけではなく、楽譜をたくさん売るために出版社の人が書き加えてしまう場合があります。しかし「悲愴」は、チャイコフスキーが自分で選んだ言葉でした。演奏される前からすでに、モスクワの大きな出版社の人と手紙を交わし、タイトルについて相談していたのです。
 では、「悲愴」と名付けたこの曲に、チャイコフスキーはいったいどんな思いを込めていたのでしょうか。それは今となっては誰にもわかりません。というのも、チャイコフスキーはその意味について誰にも語ることなく、この曲が初演された9日後に、突然死んでしまったのです。原因は病気とも自殺とも言われています。
 とても繊細で、気持ちの浮き沈みが激しい人だったチャイコフスキー。結婚生活に失敗し、一度も会ったことのないメック夫人というお金持ちの女性から精神的にも経済的にもサポートしてもらうなど、独特な人間関係を築いていた人でした。そんな彼が最後の交響曲を書きながら、そこに自分の人生を映し出そうとしていたかどうかはわかりませんが、「悲愴」はさまざまなドラマを感じさせる力強さと美しさがあります。今日は勇ましい第3楽章と、悲しみを訴えるような第4楽章から聴いていただきます。


グラス:ヴァイオリン協奏曲第1番 より 第1楽章

 悲しみを感じさせる音楽にも、さまざまな表現や物語があります。作曲家たちは泣きたい気持ちを抱えていたとしても、必ずしもそれをダイレクトに音楽で表していない場合もあります。あとから私たちが作曲にまつわるエピソードを知って、曲を聴きながら悲しい気持ちになることもあります。アメリカの作曲家フィリップ・グラス(1937~ )の代表作の一つ、ヴァイオリン協奏曲第1番は、そんな作品の一つかもしれません。
 グラスはこの曲を16年前に亡くなったお父さんのことを思いながら、1987年に作曲しました。グラスのお父さんは、ヴァイオリン協奏曲が大好きだったそうです。メンデルスゾーンやパガニーニらのヴァイオリン協奏曲を愛し、コンサートにもよく出かける人でした。お父さんがもし生きていたら、きっと気に入ってくれるに違いない、そんなヴァイオリン協奏曲を自分も作曲したいとグラスは思ったのです。きっと天国のお父さんは喜んだことでしょう。そしてこの曲は多くの人々の心も捉え、大変な人気曲となりました。
 グラスは、「ミニマル・ミュージック」とよばれる音楽の代表的な作曲家として知られています。ミニマル・ミュージックとは、短い音型を何度も繰り返し、少しずつ変化させながら進んでいく音楽のことです。今日演奏される第1楽章も、同じ音型やリズムのパターンを繰り返しながら、ハーモニーを次々と変化させていきます。音の移り変わりに耳を澄ませていると、せつせつと泣きたくなるような感情が胸にこみ上げてくるかもしれません。


ハイドン:交響曲第45番 嬰ヘ短調 Hob. I:45「告別」より 第4楽章

 生涯に100曲以上もの交響曲を残したヨーゼフ・ハイドン(1732~1809)。そのほとんどは、音楽家として自分を雇ってくれた貴族エステルハージ侯爵のために作曲したものです。
 第45番「告別」には有名なエピソードがあります。毎年エステルハージ侯爵は、春から夏にかけて別荘で過ごしていました。音楽好きな侯爵はオーケストラの団員たちも連れて行きます。1772年の夏、いつもの年より別荘での滞在が長引きました。団員たちは家族と離れる期間が長くなり、お休みがもらえず、寂しさや不満が溜まっていました。そこでハイドンは、音楽を通じて侯爵に、その思いをやんわり伝えることを考えつきました。
 この交響曲の第4楽章の後半は、終わりに近づくにつれて奏者が一人、また一人と減っていきます。オーボエがいなくなり、ホルンがいなくなり、ファゴットがいなくなり……。
どんどん減っていって、最後には指揮者とヴァイオリン奏者だけが寂しく残る、という設定。これによって侯爵は、楽団員たちの気持ちがわかり、すぐにお休みを与えたということです。
 ユーモア精神にあふれたハイドンらしい機転の利かせ方! ハイドンは侯爵のために明るく楽しい曲をたくさん作っていましたが、時には音楽家の気持ちもしっかり伝えていたのです。