プログラムノート

第66回 2018年7月7日(土)「怒って(`´)」

モーツァルト:オペラ『フィガロの結婚』K. 492 より「訴訟に勝っただと?!」
ベートーヴェン:交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」第2楽章 葬送行進曲 より
ベートーヴェン:『無くした小銭への怒り』(『ロンド・ア・カプリッチョ』 ト長調 作品129)
沼尻竜典:オペラ『竹取物語』 より 大伴御行のアリア「怒りのアリア」
ベルリオーズ:『幻想交響曲』~ある芸術家の生涯のエピソード~ 作品14

「こども定期演奏会2018」テーマ曲
石﨑ひかり:『小さなあさのコンサート』

石﨑ひかりさん(小学校2年生)からのコメント
 はじめてつくったきょくがえらばれて、びっくりしています。
 『小さなあさのコンサート』は、せかいじゅうのひとが、音がくでつぎつぎに目をさまして、コンサートにあつまってくるイメージのきょくです。じぶんのつくったメロディーがオーケストラにアレンジされたら、どんながっきでえんそうされるのか楽しみです。たくさんの人にきいてもらうなんて、ドキドキしています。

飯田有抄(クラシック音楽ファシリテーター)

※沼尻竜典作品を除く


モーツァルト:
オペラ『フィガロの結婚』K. 492 より「訴訟に勝っただと?!」

 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~91)が作ったオペラ『フィガロの結婚』は、明るく楽しい物語です。お金持ちのアルマヴィーヴァ伯爵のために働く召使いのフィガロは、美しいスザンナともうすぐ結婚することになっています。ところが、女好きの伯爵がスザンナを自分のものにしようとしているではありませんか。フィガロや伯爵の奥さんたちは、みんなで伯爵をこらしめようとします。
 オペラの中では登場人物たちが笑ったり泣いたり感情を豊かに表現します。今日のコンサートのテーマは「怒って」。『フィガロの結婚』のなかでアルマヴィーヴァ伯爵が怒って歌うアリアを聴いてもらいましょう。伯爵は召使いのフィガロとスザンナが、自分をさしおいて幸せになろうとしているのが面白くありません。「私がため息をついているのに、召使いが幸福になっていいのか? 私を愛さずにあんな男と結ばれるのを、だまって見ていていいのか? このまま満足なんてさせないぞ。仕返ししてやる!」と、とても怒って歌います。

ベートーヴェン:交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」
第2楽章 葬送行進曲 より

 今度は作曲家ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)がカンカンに怒ったお話です。ベートーヴェンは32歳の初春(1803年のことです)、とある英雄を讃えて交響曲第3番の作曲を始めました。その英雄とは、ナポレオン・ボナパルトという人物。世界の歴史に興味のある人なら、聞いたことのある名前でしょう。
 ナポレオンは、人はみな平等で自由であるべきだ! という理想をかかげ、フランスで起こった大きな革命のあと、ヨーロッパをまとめるために次々と戦いに勝って活躍していました。ベートーヴェンは最初、ナポレオンは新しい時代を切り開くヒーローだと信じて応援していました。そして自身の3番目の交響曲を、ナポレオンに捧げようと考えたのです。ところが、市民の強い味方だと思っていたナポレオンは皇帝になります。偉そうな権力者になってしまったことにベートーヴェンは大激怒! 「あの男もしょせん俗物にすぎなかったのか!」と叫んで楽譜の表紙を破り捨ててしまった、というエピソードがよく知られています。
 現在残されている当時の楽譜の表紙には、ナポレオンの名前がもともと書いてあったのに、それを消した跡があります。そして最初に印刷された楽譜には、「シンフォニア・エロイカ(英雄交響曲)」と題されています。今日演奏される第2楽章は「葬送行進曲」です。冒頭から重々しいメロディーがゆったりと奏でられ、悲痛な思いが感じられるでしょう。途中で音楽が少し明るくなって、過去の英雄の思い出を振り返っているかのようにも聞こえます。


ベートーヴェン:『無くした小銭への怒り』
(『ロンド・ア・カプリッチョ』 ト長調 作品129)

 自動販売機で飲み物を買おうとしたのに、ポケットにあったはずの小銭がない! そんな時、イライラしたり、プンプン怒りたくなってしまいますよね。そうした気持ちを表しているように聞こえるのが、ベートーヴェンが作曲したピアノ曲『無くした小銭への怒り』です。一風変わったタイトルですが、実は(残念ながら)ベートーヴェン本人がつけたものではありません。ベートーヴェンが20代の頃に書かれた曲ですが、左手のパートなどが完成されないままになっていました。ベートーヴェンがこの世を去ってから、出版社が空白のところを書き足して、出版されることになりました。『無くした小銭への怒り』とは、何者かがベートーヴェンの自筆譜の表紙に書き込んだ言葉です。いったいだれが、どんな理由で書き込んだのかは今となってはわかりません。ベートーヴェン自身が付けたタイトルは『ロンド・ア・カプリッチョ(奇想曲風のロンド)』です。奇想曲とは、気まぐれで自由な音楽のことです。

沼尻竜典:オペラ『竹取物語』 より 大伴御行のアリア「怒りのアリア」

 竹の中から生まれたかぐや姫は、わずか3ヶ月で結婚適齢期の娘に成長する。美しい姫とぜひ結婚したいと、身分と財産のある男たちが日参するも、かぐや姫は全く興味を示さない。しかし「孫の顔が見たい」とおじいさんに懇願された姫はついに「私と結婚したいなら、私の指定する世にも珍しい品を持ってきて」と5人の求婚者に結婚の条件を言いわたす。求婚者の一人、大伴御行は“竜の首の珠”を持ってくることになり海へ出たが、竜の神の怒りに触れて大嵐に会い死にそうになる。「たかが一人の女性のためにこんな目に会うとは」と憤る大伴の怒りはどんどんとエスカレートし、最後には全女性に対する敵意となって、「女なんて大嫌い」と宣言して求婚レースからの棄権を宣言する。(沼尻竜典本人による解説)


ベルリオーズ:『幻想交響曲』~ある芸術家の生涯のエピソード~ 作品14
第5楽章 魔女の夜宴の夢

 おしまいはフランスの作曲家エクトル・ベルリオーズ(1803~69)の幻想交響曲です。ベルリオーズがまだパリ音楽院の学生だった頃(といってもすでに24歳でしたが)、イギリスからやってきたシェイクスピアの演劇を観に行きました。その劇に出演していた女優に、彼はたちまち恋をしてしまい、熱烈なラブレターを書きました。しかし女優からはまったく相手にされませんでした。恋する思い、叶えられない苦しみを、ベルリオーズはオーケストラ曲の創作にぶつけ、幻想交響曲を完成させました。
 曲は全部で5つの楽章でできており、物語のようになっています。第1楽章は恋する人への思いを込めた「夢・情熱」、第2楽章は彼女との再会を描いた「舞踏会」、第3楽章は恋の不安に苦しむ「野の風景」、第4楽章は、残酷にも夢の中で恋する人を殺してしまい、死刑を言い渡されてしまう「断頭台への行進」、そして今日演奏される第5楽章は、死後の世界で魔女に裁かれる「魔女の夜宴の夢」です。この楽章には、魔女やお化けたちのうめき声・笑い声のような、ちょっと不気味な響きが聞こえます。また、印象的な鐘の音の後に、ファゴットとテューバが低い音で「怒りの日」のメロディーを奏でます。これは、レクイエムという死者のためのミサ曲で歌われた、キリスト教の古い聖歌(=グレゴリオ聖歌)の有名な旋律です。このメロディーはその後何度も現れ、怪しい宴はクライマックスを迎えます。
 ところで、一度は女優にフラれたベルリオーズですが、この幻想交響曲が大ヒットして有名人となり、晴れて彼女と結婚することができたそうですよ。