プログラムノート

第58回 2016年7月9日(土)「風にそよぐメロディー」

吉松 隆:鳥は静かに…
ラフマニノフ:前奏曲 嬰ハ短調「鐘」
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 から 第1楽章
ハチャトゥリアン:『仮面舞踏会』から「ワルツ」
シベリウス:交響曲第5番 変ホ長調から 第3楽章


プログラムノート 飯田有抄(音楽ライター)

今年のこども定期演奏会のテーマは「音楽の情景」です。大地、風、水、炎といったさまざまな自然の情景を、オーケストラが描きます。今日は「大地のリズム」です。リズミカルな音楽に乗って、広々とした大地や空を想像してみましょう。

吉松 隆:鳥は静かに…

はじめに日本の作曲家、吉松隆さん(1953~)の作品を聴いていただきましょう。吉松さんは、作曲家としてデビューした作品『朱鷺によせる哀歌』(1980年の作品)を始めとし、昨年のこども定期演奏会でも取り上げられたマリンバ協奏曲『バード・リズミクス』(バードとは、鳥のことです)など、鳥をテーマとした作品をたくさん作っています。

 1997年の夏から1998年の春にかけて作曲された『鳥は静かに…』は、オーケストラの中でも弦楽器、つまりヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスによる合奏のための作品です。吉松さんがこの曲で表現しているのは、一羽の鳥が死んでしまい、仲間の鳥たちが黙ったまま、その鳥を静かに囲んでいるというイメージです。ヴィオラが静かに奏でる「ミ」の音を背景に、ヴァイオリンとチェロがふわりとした短い音型を奏でます。途中、ひとりのヴァイオリンの奏者が、哀しいメロディーを歌うように演奏するところがあります。ゆったりとした息の長いメロディーは、ヴァイオリン全体に受け継がれます。弦楽器だけのアンサンブルがもつ、しっとりとした独特の響きに耳を傾けましょう。

ラフマニノフ:前奏曲 嬰ハ短調「鐘」

続いては、ロシアの作曲家セルゲイ・ラフマニノフ(1873~1943)のピアノ曲です。ラフマニノフはとても大きな手をした素晴らしいピアニストでもありました。情熱的なメロディーと、迫力に満ちた伴奏が魅力のピアノ曲を多く作り、ラフマニノフ自身による演奏の録音も残されています。

 前奏曲「鐘」は、モスクワ音楽院を卒業したばかりのラフマニノフが、その名を世に知らしめることとなった傑作です。曲は「ラ—ソ♯—ド♯」という3音のユニゾンで(1オクターブ離れた同じ音を両手で弾いて)始まります。この音型は、ラフマニノフがロシアの宮殿の鐘の音からヒントを得たと言われています。中間部から急に激しい曲想となり、後半は力強い和音で曲が進んでいきます。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 から 第1楽章

ラフマニノフの音楽はドラマチックな表現にあふれていますが、彼の人生にも大きな苦しみや喜びがありました。ラフマニノフは小さなころから音楽の才能を認められて音楽院に入学しましたが、途中で落第してしまいます。しかし、別の音楽院に移ってからはピアノと作曲の勉強に打ち込み、優秀な成績を収めて卒業できました。ところが、卒業後まもなく完成させた交響曲第1番が、最初の演奏会でメチャクチャに演奏されてしまい、大失敗に終わりました。評論家からひどい批評をされたラフマニノフは、ショックのあまり精神の病にかかってしまいました。しかしおよそ3年後、彼は元気を取り戻すことができました。1901年(28歳)で発表したこのピアノ協奏曲第2番が大ヒットし、作曲家としての自信を回復することができたのです。その裏側には、ラフマニノフを支えてくれた精神科のお医者さんがいました。この曲は、サポートしてくれたお医者さんに捧げられています。今日聴いていただく第1楽章は、独奏ピアノが遠くから近付いてくるような和音でスタートし、オーケストラが印象的なメロディーを朗々と歌い上げます。

ハチャトゥリアン:『仮面舞踏会』から「ワルツ」

作曲者のアラム・ハチャトゥリアン(1903~78)は、作曲家・教師として旧ソビエト連邦で活動した人です。「仮面舞踏会」はレールモントフという作家が書いた演劇で、1941年に上演されました。ハチャトゥリアンはこの劇のために14曲の音楽を付けましたが、その中から5曲を選び、コンサートでオーケストラが演奏できるような組曲としてまとめ、3年後に発表しました。

 今では演劇の「仮面舞踏会」が上演されることはなくなりましたが、ハチャトゥリアンによるこの組曲は人気があります。第1曲目の「ワルツ」は、軽快なワルツの3拍子に乗って、ちょっぴり哀愁の漂うメロディーが登場します。組曲の中でもとくに親しまれている一曲です。

シベリウス:交響曲第5番 変ホ長調から 第3楽章

おしまいは、ヨーロッパの北に位置する国の一つ、フィンランドで活躍したジャン・シベリウス(1865〜1957)の作品を聴いていただきましょう。シベリウスが生きていたころ、フィンランドは隣の大国ロシアに支配されていました(1917年まで)。シベリウスが作った音楽も、最初のころはチャイコフスキーなどロシアの作曲家の影響を受けていましたが、やがて彼はフィンランド人としての誇りをもって、自国に古くから語り継がれている伝説を音楽で表すなどして、フィンランド音楽の土台を作り上げました。とくにオーケストラのための作品に力を入れて創作し、交響曲を全部で7つ残しています。それらはフィンランドの美しい湖や深い森の情景を感じさせるような広大さを湛えています。

 本日演奏される交響曲第5番は、1915年、シベリウスの50歳をお祝いする記念の式典のために作られました。この頃ヨーロッパは第一次世界大戦のまっただ中。戦争で人と人同士が殺し合い、暗く悲惨な時代を迎えていました。そんな中、シベリウスは春の大空を16羽の白鳥が渡っていく姿を見て、その美しさと生命のエネルギーに大きく心を動かされました。その感動が、この交響曲の創作に大きな力を与えたのです。人間同士の醜い争いを超えて、自然や命の輝かしさを讃えたい。シベリウスのそんな思いがこの作品に込められています。聴いていただく第3楽章は、金管楽器が繰り返す白鳥の鳴き声とともに、壮大なメロディーが感動的に歌い上げられます。