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2003年4月12日(土) |
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■ヘンデル作曲 組曲『水上の音楽』から「アラ・ホーンパイプ」 |
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ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(1685.1759)は、バッハとともにバロック時代の最後を飾る作曲家です。もとはドイツの人ですが、一生のほとんどをイギリスですごしました。ヘンデルは、オペラの作曲家として人々に親しまれていましたが、この『水上の音楽』は、彼がイギリス国王ジョージ一世のために考えた、とっておきの催し物でした。
さわやかな夏のある日、ロンドンを流れるテームズ川にうかべたたくさんの舟に、国王や貴族たちが乗りこむと、舟はゆっくりと川をさかのぼって行きました。国王の舟の近くには、オーケストラの乗った舟が付き、ヘンデルの指揮で音楽を奏でます。きっと川沿いには、見物の人々も大勢出て、とてもにぎやかだったことでしょう。国王も大喜びで、ヘンデルの音楽を何度もくり返して演奏させたと言われています。「アラ・ホーンパイプ(角笛)」は、そんな楽しい舟遊びの光景が目にうかんでくるような音楽です。 |
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■チャイコフスキー作曲 オペラ『エフゲニー・オネーギン』から「ポロネーズ」 |
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ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840.93)は、オペラやバレエのすぐれた作品で知られる19世紀ロシアの作曲家。今でもロシアでは、国民的な作曲家として愛されつづけています。
ロシアの作家プーシキンの小説をもとにした『エフゲニー・オネーギン』は、チャイコフスキーのオペラのなかでも一番有名な作品です。主人公のオネーギンは、本当は魅力的な青年なのに、いつも冷たいひねくれた態度しか取ることができず、そのことでまわりの人間を不幸にします。彼をしたっている村の娘タチャーナの気持ちをはねつけただけでなく、親友だった心やさしい青年レンスキーとささいなことから決闘になり、ついにはその命を奪ってしまうのです。数年後、大都会ペテルブルクの舞踏会で、オネーギンは美しい侯爵夫人となったタチャーナと再会し、過去の思い出に苦しむことになります。「ポロネーズ」は、その豪華な舞踏会の開始を告げる音楽です。 |
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■ドビュッシー作曲 牧神の午後への前奏曲 |
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フランスの作曲家、クロード・ドビュッシー(1862.1918)の音楽は、20世紀の多くの作曲家に強い影響を与えました。なかでもこの『牧神の午後への前奏曲』は、「音楽の現代はここから始まった」と言われる作品。特にフルートの音が印象的です。ドビュッシーは、フランスの詩人マラルメの詩によせてこの音楽を書きました。
「牧神」とは、「パン」という名前でも知られる、古代ギリシャの神話に登場する神です。体の半分が人間、半分がけものという姿をしていて、野や山を自由にかけ回っていると信じられていました。真昼の木かげで眠っていた牧神が目覚めると、ニンフと呼ばれる妖精たちが楽しそうに遊んでいます。牧神は起きあがって、たわむれにニンフたちを追いかけますが、やがて疲れ、ふたたび眠りに誘われていきます。音楽は、そんな夢のような、幻想的な情景を描いています。この曲は、バレエの音楽としてもたいへん有名です。 |
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■ベルリオーズ作曲 『ファウストの劫罰』から「ラコッツィ行進曲」 |
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エクトル・ベルリオーズ(1803.69)は、19世紀フランスを代表する作曲家です。オーケストラのたくさんの楽器を自由自在に使って、とてもスケールの大きな音楽を書いたことで知られています。
『ファウストの劫罰(地獄に落ちること)』は、ベルリオーズがドイツの作家ゲーテの戯曲をもとに作曲した、たいへんドラマティックな作品。主人公のファウスト博士が、悪魔メフィストフェレスの誘惑に乗って取引をし、そのおかげでいろいろな経験をする、という物語です。物語の場面にそれぞれ音楽が付いていて、全体が音楽物語のようになっているのですが、聴いていただく「ラコッツィ行進曲」は、そのなかでももっとも有名な曲です。夜明けのハンガリーの大平原で、ファウスト博士がただひとり物思いにふけっていると、若い農夫たちの元気な歌声や、兵士たちの行進曲が聞こえてくる……という場面の音楽です。 |
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■ベートーヴェン作曲交響曲第9番
ニ短調「合唱付」から第1楽章 |
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『第九』全曲を聴こう−その1
『第九』という言葉を耳にしたことがありますか? 第9交響曲という意味の『第九』
−そう言っただけで「ベートーヴェンのあの曲だ」とだれもがわかってしまうほど、『第九』はたくさんの人に親しまれています。ただ有名だというだけでなく、この作品は、オーケストラ音楽の歴史のなかで、もっとも重要で魅力的な作品のひとつです。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770−1827)が活躍した、18世紀の後半から19世紀にかけては、オーケストラ音楽が大きく発展した時代です。つまり、私たちがよく聴く「交響曲」という種類の音楽ができあがったのがこのころなのです。「交響曲」とは、弦楽器・管楽器・打楽器を使って作る音楽のこと。種類のちがう楽器を集めて、ひとつのハーモニーを作ることから、「いっしょに響く」という意味の「交響曲(シンフォニー)」という名で呼ばれます。
もちろん交響曲は、ベートーヴェンより前の、ハイドンやモーツァルトの時代からありましたが、ベートーヴェンは、それまでにないほど個性的な交響曲を書きました。彼は、楽器の音色のちがいをとても効果的に使っただけでなく、曲の組み立てかた(形式)にいろいろな工夫をして、一曲の交響曲をまるでひとつの物語のように作り上げました。
ベートーヴェンは、戦争やら、耳が聞こえなくなる病気やら、家族とのもめごとやら、いろいろな苦労を経験しながらそれを乗りこえていった人ですが、そうした彼の人生のドラマが、音楽のなかにも表われています。特にこの「第九」交響曲は、若い時から30年以上もずっと書こうと思いつづけてきた作品で、それだけに、ベートーヴェンらしい音楽のアイディアが、いっぱいにつまっています。後の時代の作曲家たちは、ベートーヴェンが書いた九つの交響曲、とりわけこの『第九』交響曲をお手本にして音楽を書きました。けれども、この『第九』のような音楽は、後にも先にもありません。その魅力はいったいどこにあるのか、これからいっしょに考えてみたいと思います。
今日演奏するのは第1楽章です。曲の始まりを、特に注意して聴いてください。とても静かな、そして緊張感のある始まりです。不思議な感じのする音楽ではありませんか。しばらく進むまで、この音楽が長調なのか短調なのか、まったくわかりません。こんなふうに始まる交響曲は、それまでどこにもありませんでした。これを初めて聴いた当時の人々がどんなに驚いたか、想像してみてください! |
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■レスピーギ作曲 交響詩『ローマの松』から「アッピア街道の松」 |
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オットリーノ・レスピーギ(1879.1936)は、20世紀はじめに活躍したイタリアの作曲家。ベルリオーズと同じように、オーケストラの音楽を得意としていました。彼の代表作は、イタリアの首都ローマの景色や情緒を描いた、『ローマの噴水』、『ローマの祭』、そしてこの『ローマの松』という三つの作品です。
「永遠の都」と呼ばれるローマの町は、約2800年の歴史を持っています。古い建物や遺跡なども数多く残っていて、町のシンボルになっています。そんな「物言わぬ歴史の証人」の一つが、町のあちらこちらに立っている、古い大きな松の木なのです。ローマから南イタリアへとはしるアッピア街道は、古代ローマの軍隊が砂ぼこりを上げて進軍していった道。詩人がそこに立っていると、夜明けの霧のなかから幻の軍隊が現われてきます。果てしなく続く規則正しい足音……。街道沿いの松は、その不思議な光景を静かに見守っています。 |
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